本コラム第88回「Nathan Harden氏の発言「アメリカの大学4,500校、50年以内に半減!」は極論か?」で指摘した通り、世界ランキングでトップを占めるアメリカの大学は、生き残りを賭けて熾烈な戦いを強いられています。4,500大学内の競争と思いきや、加えてオンライン大学、あるいはオンライン・コースを提供する機関も加わりさらに激化するでしょう。授業料高騰で高額の教育ローンを組まなければならず、(*1)大学教育にそうまでして受ける価値があるのか疑問視され始めていることがその背景にあります。
各大学に残された道は一つ、価値ある大学(value colleges)であることを実証し続けることしかありません。経営トップに立つ学長のビジョン、実績、リーダーシップが問われています。アメリカの大学が毎年公表する財政報告(annual financial report)は、学長のビジョン、予算配分・執行、その実績が明記されています。留学を考えている読者は、____University annual financial report____に調べたい大学名を入力し、チェックしてみましょう。本コラムで以前述べた通り必見です。
関連して以下のようなサイトがありました。全米4,500大学の中で、“the best presidents”がリーダーシップを取り実績を上げている50校が選出されランク付けされています。
冒頭で、大学選びには学長のリーダーシップ、姿勢、目標を精査すべきであると述べています。成功を示す経歴、信条、他の学長からの敬意などから高く評価できれば、選んでしかるべき大学であると明記しています。これら50大学はそうした点で50位に入る学長を擁するが故に選出されたとあります。受験生の偏差値によるrankingに慣れている日本ではあまり見かけないrankingです。
調査の初期段階で、以下の8つのサイト記事を参考にしたとあります。
The Washington Post, Who are the most influential college leaders?(有料記事)
Time, The 10 Best College Presidents:
Washington Monthly, America’s Ten Most Innovative College Presidents:
Ranker, List of Famous College Presidents:
The Chronicle of Higher Education, Executive Compensation at Private and Public Colleges:
Forbes, The Highest-Paid Private College Presidents:
US News,10 Public Universities Run by Highest Paid Presidents:
eCampus News, College presidents share“the best book I’ve ever read”:
最初の4つは学長としての実績を取り上げていますが、残りの4つは高額報酬や愛読書を取り上げたものです。恐らく、最初の4つを直接的資料として残りの4つを間接的参考資料として使用したものと思います。これらの記事が取り上げた学長らの大学における(1)achievement、(2)innovative leadership approaches、(*2)(3)evidence of positive impact on a college and commitment to a collegeの3点を精査し、50大学の学長を選出してrankingしたようです。4,500中50ですから選出されたどの大学にとっても名誉なことです。以下はこの記事が選んだColleges With The Best College Presidentsのリストです。
50 Outstanding College Presidents (Great Value Colleges)
#50 Austine Community College, Richard Rohdes /#49 Clarkson University, Anthony G. Collins /#48 Belmont University, Bob Fisher /#47 Valencia College, Sandy Shughart /#46 University of Iowa, J. Bruce Harreld /#45 Brown University, Christina Hull Paxson /#44 Southern Methodist University, R. Gerald Turner /#43 Northeastern University, Joseph E. Aoun /#42 Dartmouth College, Philip J. Hanlon /#41 Yale University, Peter Salovey /#40 Rice University, David W. Leebron /#39 Georgetown University, John J. DeGioia /#38 Berkeley College, Michael J. Smith /#37 Eastern Connecticut State University, Elsa Nunez /#36 University of Alabama at Birmingham, Ray L. Watts /#35 Stevens Institute of Technology, Nariman Farvardin /#34 Pennsylvania State University, Eric J. Barron /#33 Texas A&M University, Michael K. Young /#32 Northwestern University, Morton Schapiro /#31 Hofstra University, Stuart Rabinowitz /#30 Ohio State University, Michael V. Drake /#29 Drexel University, John J. Fry /#28 Simmons University, Helen Drinan /#27 Indiana University, Michael A. McRobbie /#26 Case Western Reserve University, Barbara R. Snyder /#25 University of Miami, Julio Frenk /#24 High Point University, Nido Qubein /#23 Texas Christian University, Victor J. Boschini Jr. /#22 Savannah College of art and Design, Paula Wallace /#21 New York Institute of Technology, Edward Guiliano /#20 Boston University, Robert A. Brown /#19 University of Chicago, Robert Zimmer /#18 Wake Forest University, Nathan O. Hatch /#17 Southern New Hampshire University, Paul J. LeBlanc /#16 Brandeis University, Ronald D. Liebowitz /#15 Paul Quinn College, Michael J. Sorrell /#14 Columbia University, Lee C. Bollinger /#13 Harvey Mudd College, Maria Klawe /#12 The University of Texas at El Paso, Diana Natalicio /#11 Spelman College, Beverly Daniel Tatum /#10 Prairie View A&M University, Ruth Simmons /#9 Miami Dade College, Eduardo J. Padron /#8 Georgia State University, Mark P. Becker /#7 University of Maryland, Baltimore County, Freeman A. Hrabowski /#6 Arizona State University, Michael M. Crow /#5 Johns Hopkins University, Ronald J. Daniels /#4 Rensselaer Polytechnic Institute, Shirley Ann Jackson /#3 University of Pennsylvania, Amy Gutmann /#2 Trinity Washington University, Patricia McGuire /#1 West Virginia University, E. Gordon Gee
それぞれ選出事由が付されていますが、余白が限られているので第1位にランクされた学長の経歴、実績を見てみましょう。第1位にランクされたのは上記Time誌“The 10 Best College Presidents”でも1位にランクされたWest Virginia University学長のE. Gordon Gee氏です。以下がTime誌のGee氏に関する記事です。(*3)
The Big Man on Campus-The 10 Best College Presidents
想像力、創造力、企画力、決断力、実行力のある精力的な人物です。Time誌の記事は2009年に書かれ、Ohio State Universityの学長時代の実績を述べたものです。2013年に同大学を引退し、その後、West Virginia Universityの学長に着任します。1981年から1985年に同大で学長の任に当たっていたので2度目です。ここでも素晴らしい実績を残すのです。以下のサイトが示す通り、Ohio State University時代と同じ様に、学生が住む場所、勉学する場所に赴いて彼らのニーズを聞いて回るなど精力的な活動をしているようです。
それ以外に、名門Vanderbilt University、Brown University、the University of Coloradoなどでも学長を務め、アメリカ大学史上、古今、数においても質においてもこの人物を凌ぐ学長としての経歴を持った人はおらず、全米1位の学長たるにふさわしいと述べています。
上記Time誌の記事中に、日本の文部科学省に当たるthe Department of Educationの特別諮問委員会が、2006年の報告書で全米大学に向け以下の様に述べたとことを取り上げています。
America’s colleges and universities, in some respects the best in the world, are failing to keep up with the nation’s growing needs. Higher education is “increasingly risk-averse, at times self-satisfied, and unduly expensive,” the panel summarized. “It is an enterprise that has yet to address the fundamental issues of how academic programs and institutions must be transformed to serve the changing educational needs of a knowledge economy.”(*4)
アメリカの大学は全世界トップでありながら、国民のニーズに応えておらず、「リスク回避型」、「時に自己満足的」、「不当に高額」で「知識経済“a knowledge economy”」における教育の変化に疎い、とかなり強烈な意見を突き付けています。全世界トップの座をほぼ独占するアメリカの大学がこう言われているのであれば、後塵を拝する他の国々の大学はどうなのでしょうか?
さて、これら50のColleges With The Best Presidentsを見ると、知名度が高い大学以外にあまり高くない州立大学や私立大学の名前が目立ちます。アメリカでは、US News Best CollegesなどのrankingでTop 50にrankingされている大学が“most competitive”と称される難関校ですが、この記事が挙げたTop 50の学長が在籍する大学の殆どはその中に入っていません。Top 10に挙げられた学長に絞ると、University of Pennsylvania、Johns Hopkins University、Rensselaer Polytechnic Instituteを除いてみな圏外です。
#10 Prairie View A&M University → # 230~301(US News Best Colleges)
#9 Miami Dade College → #Unranking(同)
#8 Georgia State University → #187(同)
#7 University of Maryland, Baltimore County → #165(同)
#6 Arizona State University → # 115(同)
#5 Johns Hopkins University → #10(同)
#4 Rensselaer Polytechnic Institute → #49(同)
#3 University of Pennsylvania → #8(同)
#2 Trinity Washington University → #142~187(同)
#1 West Virginia University → #205(同)
これら大部分はいわゆる中堅校ですが、上記のthe Department of Education特別諮問委員会の警告をかなり真剣に受け止めていることが分かります。否、大学授業料の高騰が続く中、誰彼に言われなくても、そうした危機感を持つのが自然ですし、Gee氏はその経歴からそうした感覚の持ち主であることが分かります。
記事によると、当然のことながら反論もあるようです。Harvard UniversityのDrew Gilpin Faust氏は、The New York Times誌に次のような意見を寄せています。
“America’s deep-seated notion that a college degree serves largely instrumental purposes,” as she put it, threatens to enslave the academy to “immediate and worldly purposes”; she argued that society should not neglect the role of higher education in producing “critical perspectives” and “doubt.” Faust concluded, “At this moment in our history, universities might well ask if they have in fact done enough to raise the deep and unsettling questions necessary to any society.” (*5)
要約すると、アメリカ社会の根底にある大学教育はinstrumental purposesに応ずるべきとする考え方は、教育界を即物的で世俗的な目的に隷属させ兼ねない、高等教育の目的は”critical perspectives”と物事に対する“doubts”を喚起させることであるという主張です。Gee氏はそれに対してcritical thinkingと生産性を高めることとは何ら矛盾せず、学生は社会で活躍できるスキルを身につけるべきであると答えています。
本コラム第98回「アメリカ社会の諸分野に影響を与えたpragmatism(プラグマチズム)について」で述べましたが、アメリカ社会にはpragmatismの伝統があります。その現実に基づく探求プロセスに“critical perspectives”は欠かせません。Gee氏の反論はそうした伝統を念頭に入れたものかもしれません。筆者も、アメリカの大学が世界トップの座を占めるようになったのはpragmatismに依拠するところが多いと考えます。
いずれにせよ、アメリカの各大学は生き残りをかけて熾烈な競争を強いられています。今回取り上げている記事の発信元Great Value Collegesの名称が示す通り、これから大学に行こうとする若者と保護者が、将来を考えてvalue collegesであるかどうか、否、大学に行くこと自体がvalueのある選択かどうかを真剣に考え始めています。
これらの50人の学長の多くが上記の理由でそれぞれの大学の教育環境の向上に努め、value collegesであることを訴えようとしているのは、教育・研究資金(endowment)を集める為でしょう。上記Time誌“The 10 Best College Presidents”に選出されたThe University of MichiganのMary Sue Coleman氏もズバリそう述べています。名門The University of Michiganでさえ、ミシガン州が大学に支払う補助金は大学総運営費の10パーセントで、そうせざるを得ないと述べています。
これは偶然かもしれませんが、Top 50に名を連ねる学長の中にHarvard UniversityやStanford UniversityやMITの学長の名がありません。以前、本コラムでも述べましたが、これらの大学は他を寄せ付けない巨額のendowmentを集めています。(*6)Harvard Universityのそれは$35.7 billion(約4兆円)、Stanford Universityは$22.4 billion(約2.5兆円)、MITは$13.2 billion(約1.5兆円)です。
The University of Michiganのendowmentは、$1billion(約1200億円, 2018年)、Harvardの約35分の1、Gee氏のいるWest Virginia Universityは$566.42 million(約670億円, 2017年)です。日本の大学が集めている寄付金からすると、それでも大変な額ですが、アメリカでは危機的状況と判断しています。本コラムの第121回で述べたようにThe University of Chicagoが大変な入試改革を行なっていますが、それもこうした危機感の表れでしょう。(*7)
中堅大学に混じって、The University of Pennsylvaniaの他にもColumbia University, Dartmouth College, Brown UniversityなどのIV League校やJohns Hopkins University, Northwestern University, Georgetown University, Brandeis Universityなどの有名校の学長の名前があります。そのような視点で見れば、Harvard University, Stanford University, MITなどの一部の財政的に潤っている大学を除き、それ以外のアメリカの大学はこぞってvalue collegesになるべく奔走しているといって良いでしょう。
今回取り上げた“Colleges With The Best University Presidents: U.S. Colleges With The Best Presidents: These 50 Current College Presidents Are Outstanding!メイン・タイトル、コロン以下のサブ・タイトルからは、アメリカの大学が企業と同じような危機意識を持ち始めたことを伺わせます。大学はもはや聖域ではなくなったということでしょう。
さて、読者の中でアメリカ留学を考えている人は、学生だけではなく大学や高等学校の教職員もいらっしゃるでしょう。将来、学校経営に携わる若手の教職員は、留学先として、このような経営者がトップに座る大学を選んでみたらどうでしょうか。アメリカは既に1970年代後半から大学の経営危機という言葉が現実味を帯び、1980年代には幾つかの大学が統廃合され始めています。日本では大学や学部増設が盛んに行われていた時期です。約30年経て日本でも大学や学部の統廃合が叫ばれています。そして、アメリカでは大学教育そのもののvalueが問われています。日本ではどうでしょうか?アメリカの方が一歩先の体験を強いられているような気がします。
(2019年5月20日記)
(*1)第76回「アメリカの大学に留学するための年間総費用(cost of attendance)と財政援助 (financial aid)について」2019年現在授業料は更に高騰し、大学生が抱えるローンの平均額も増えています。
(*2)第114回「2018 Best Global Universities Rankings(US News)におけるトップ校に見るグローバル・コラボレーションのネットワーク」参照してください。
(*3)Time誌“The 10 Best College Presidents”におけるGee氏以外の9名の学長についての詳細は、それぞれの氏名をクリックすれば出てきます。
(*4)Time誌“The Big Man on Campus-The 10 Best College Presidents” P.3より。
(*5)Time誌“The Big Man on Campus-The 10 Best College Presidents” P.3より。
(*6)第121回「Standardized tests(SAT、ACT)を義務付けない!全米 #3名門校 The University of Chicagoの思惑は?」
(*7)(*6)を参照してください。
慶應義塾大学名誉教授
Yuji Suzuki, Ph.D.
Professor Emeritus, Keio University
上記は掲載時の情報です。予めご了承ください。最新情報は関連のWebページよりご確認ください。
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