第171回 Study Abroad Onlineのススメ(後編)

 

関心事を追求し育む:筆者自身の自学自習の体験から

第170回「Study Abroad Onlineのススメ(前編)」の続きです。“Study abroad online”をするにあたり大切なことは、自分の関心事を中心にテーマ設定することです。故事の「好きこそものの上手なれ」は言い得て妙です。 興味ある物事は持続しますし、意欲的に取り組もうとします。探究心が旺盛になり創意工夫が芽生え、益々興味が増すので障害があっても諦めずに続けられるので上達するわけです。自学自習には特に当てはまります。関心あるテーマをどのように発展させ将来に結びつけるか想像してみることです。

筆者は高校時代に英語を独学したと述べましたが、英語がこよなく好きになり、関心を持つようになったからです。結局、職業もそれに関わるようになり、現役引退後79才になる今も日々研鑽を欠かしません。命が続く限り止めないでしょう。本コラムのタイトルである“For Lifelong English”にはそんな気持ちを込めました。良い物事であるなら最初はどんなに小さくてもやがて大きく育ちます。筆者自身振り返ると、人生の畑に一粒の種が落ちて芽生え、やがて木になり山の賑わいになったような気がしないでもありません。

英語が大好きになったきっかけは知らず知らずのうちに募っていった海外への憧れです。小学生、中学生時代の筆者は、勉強そっちのけで夏は海、秋から冬は野と山、春は川、朝から晩まで心ゆくまで遊びました。多くの友達は放課後をクラブ活動、夕食後は学習塾に通っていましたが、筆者は自由に遊べる時間が無くなってしまうのでどちらもしませんでした。[1]そんな最中に毎日目にしたのは三保の松原を背景に清水港に行き交う外国船です。外国には主として船で行った時代でしたから夢を運ぶ魔法の箱のようでした。外国旅行などは夢のまた夢、女優の田中絹代がアメリカに行って帰国パレードをした時代です。「行ってみたいなー!」「いや絶対行ってみせる!」そう思いながら外国人の船員や乗客の会話を聞いたものです。

江尻(広重) 後の清水港(Wikipediaより) 左手の山々と袖師海水浴場(Wikipediaより)が筆者らの遊び場。

 

1956年に地元の中学校に入学するや英語が大好きになりました。勉強嫌いの筆者でしたが英語だけは勉強し、成績は学年トップで3年間誰にも負けたことはありませんでした。学校の授業では物足りなさを感じ、プロテスタント教会の宣教師が毎土曜日に英語を無料で教えているのを聞きつけて通い始めました。英語の説教を聞くだけでしたが、生の英語を聞く良い機会になりました。

中学卒業後は公立高校に進学しました。進学校ではないため英語の授業は週3時間で内容も易し過ぎ戸惑いました。そんな時に同じ高校の夜間部教諭をされていた杉山満先生[2]が前回述べた山崎貞著の『新自習英文典』と『新々英文解釈研究』を紹介してくれたのです。早速購入し読んでみるとこれが面白いこと面白いこと。ひたすら机に向かい何度も読み返しました。それ以来、野山を駆け巡るのを止め、夜6時から夜中の2時、3時まで高校3年間、寝る間も惜しむように勉強しました。一生英語の勉強を続けたい、そんな気持ちが芽生えるようになり、考えたことさえない大学進学に踏み切りました。とは言え、周りに進学する友達もなく、市内の本屋に何度も通って大学入試案内書を立ち読みしたものです。

 

慶應義塾創始者福澤諭吉の自学自習の精神に感銘を受ける

中でも慶應義塾大学が気になりました。創設者福沢諭吉が、貧しい下級藩士で苦学して緒方洪庵の適塾で蘭学をおさめ、「1859年(26才)横浜を見物して、これまで学んだオランダ語が実地の役に立たぬことを知り落胆するが思いきって英語に転向する。よい先生がないので、辞書をたよりに独学で研究をはじめる」(福澤諭吉の生涯「福沢諭吉年譜」より)とあり、大いに感銘を受けました。「日本史で学んだあの福沢先生[3]も英語を独学したのか、よし、ここの英文科に進もう」と即決しました。1960年の春のことで、筆者も上述した参考書や辞書を頼りに英文学作品などの英文と格闘しました。こうして1962年に慶應義塾大学に、1966年に早稲田大学大学院に進学し、英語・英米文学を勉強することになります。その後アメリカで言語学(英語学)博士号取得までの経緯は本コラム「アメリカ留学を振り返って:Memorable Teachers」シリーズの (1)~(10)の10稿にあります。

 

福澤先生恐るべし- 2ヶ月の米国視察後1年足らずで幕府翻訳方にある英語力をマスター

筆者ごときは足元にも及ばない福沢先生の凄さは、翌年の1860年「1月19日 軍艦咸臨丸に乗って浦賀を発ち、37日を費やしてサンフランシスコに着き、閏3月19日同港を出発して途中ハワイに寄り5月5日に帰国する。この旅行で中浜万次郎と共にウェブスターの辞書を買って帰る。日本人の手による同辞書輸入のはじまりという。帰朝後幕府の翻訳方に雇われる。 このころ鉄砲洲から新銭座に転居する。」とあるように、2ヶ月間米国視察して帰国後1年足らずで幕府の翻訳方に雇われるまでに英語をマスターしていたことです。[4] 筆者などは日本で中学、高校、大学、大学院12年間英語を勉強したものの、第133回で述べたように、1968年に渡米した時に自分の英語力が全く役に立たないことを知り愕然としました。1859年福沢先生は横浜で英語が通じず衝撃を受けたとありますが、それまで習いマスターしたオランダ語を基に話したのですから無理ありません。しばらくショックが続いたようですがすぐに思い直し、翌年の1960年に2ヶ月の米国視察を挟んで幕府の通訳になるまでの英語力をつけていると記録にありますから驚きです。

福沢諭吉の自学自習はCollaborative Learning (協働学習)で未知を目指すこと

渡米中にウエブスター辞典を購入し、どうやら、独学というよりは中浜万次郎ジョン万次郎)らと交流し協力しながら勉強したようです。ウエブスター辞典の邦訳という共同プロジェクトを行なったと考えられます。そして、いろいろな英書を読み翻訳し、鎖国中にすっかり遅れてしまった日本社会の発展に役立つ学問、実学、言い換えれば第98回で紹介したアメリカのプラグマチズム(pragmatism)に基づいた学問(実学)の創設に尽力しました。すなわち、real life projectsを押し進めたということでしょう。独学というと、一人部屋に閉じ籠りひたすら書を漁るというイメージを持たれるかもしれませんが、福沢先生は創意工夫をこらして限られた機会を手にし、色々な人を訪ねて教えを乞い、仲間を作り互いに教え学び合って共同で勉強しています。

すなわち、collaborative learning (協働学習)あるいは peer learning(ピアラーニング) [5] ができる学習環境です。現在ではこれらは授業の方法論として学校、教員によって整えられますが、福沢先生の時代には英学の学校もテキストもありません。早々に一人では無理であることに気づき、当時希少な体験から英語話者となったジョン万次郎こと中浜万次郎らとの接触を試み、ゼロから(from scratch)英語の学習環境を整えて学んだことに注目です。どこにどういう識者がいるか、どのような書物があるか、幕府の限られた要人にしか許されなかった渡航にどうしたら入り込めるか(咸臨丸には幕府要人付きのしもべのような形で乗り込む)、創造力、調査力、何よりも実行力を遺憾無く発揮しチャンスを掴みました。これからのグルーバル社会でも若人にも求められる能力です。

福沢先生の自学自習の精神は、既知ではなく(鎖国日本では英学という)未知への挑戦です。既知であるなら一人で学べますが、未知は膨大で志を同じくする者同士が協働せずして達成できません。実は、筆者がアメリカ留学中に学んだのはこの精神です。これについては本コラムで10回に分けて「アメリカ留学を振り返ってーMemorable Teachers Series( 1-10)」に記したのでここでは割愛します。残念ながら現在その留学が経済的に困難になりつつあります。これからは否が応でもonline化が進む時代、留学できないことを逆手に取り、一歩進んでそうした学習環境をonlineで構築し実装する方が将来に役立つかもしれません。

 

日進月歩のAIを恐れずにAssistant Collaboratorに組み込み将来につながるReal-life Projectを

前回述べたように、Chat GPTなどのA Iソフトの出現により、既知についてはそれで間に合います。その先の未知に挑戦することです。本稿執筆中の7月10日に放映されたアメリカCBS News 60minutes|Exploring the human-like side of artificial intelligence at Google (7月10日)と称するリポートによると、Google AIのBardというA Iロボットは、経験を通して自学自習(teach itself/learn by experience)するそうです。どうやら未知の物事でも体験し思考して問題発見・解決ができる思考力(deep mind)を持ち合わせているとのこと。番組では複数体のロボットが人間のサッカーゲームを見ながらルールを学んで習得し興じている様子を見ることができます。これは易しい方の例だそうで、もっと複雑な知的課題にも挑戦でき、Science誌やNature誌のqualityに匹敵する論文も、また、Earnest Hemmingwayばりの随筆や詩も創作可能とか、本稿が出る9月にはもう少し詳細が明らかになっていると思いますが、そうであるとしたら大学など要らなくなります。

Google COEのSundar Pichai氏に何が要らなくなるかとの質問したところ、「AI専門家などの知的労働者(knowledge workers)だ」との答え。それを聞き絶句するリポーターScott Pelley氏の顔が印象的です。COE自身も含めこのA Iモデルを構築したA I専門家がA Iにとって代わられるとはなんとも自虐的な皮肉ですが説得力があります。それは福沢先生が1859年横浜で受けた衝撃と同じではないでしょうか。先生もしばらくはショックで落胆しましたがすぐ立ち直り、慶應義塾を蘭学から英学に変え前進しました。

 

AIをCollaborator Assistantを利用してその先のOnline Group Projectsを展開する

もし福沢先生が現在生存されていたなら、このような日進月歩のAI に対し、AI beyond、すなわち、A Iができない物事を探し、磨き上げる以外に方法はなかろうと言って挑戦するに違いありません。Pichai氏もAIが“collaborator for humans” として機能する時代が始まっていると述べています。正の部分だけではありません。

“AI impacts every product across every company. Many things(jobs) won’t go away but change with AI. Why not collaborates with AI, as a super power assistant collaborator to show what are important things every morning.

同時にA Iがhallucination (幻覚、尤もらしい嘘)を撒き散らす負の部分を背中合わせに持つことも否定していません。ですから人間の判断は重要で、A Iはあくまでも助け手として協働させるということでしょう。

 

Study Abroad Online はStudy Onlineのことか

幕末から明治維新にかけて大学もない、研究機関も無い中で、先進欧米の知識、技術、制度をゼロから学んだ偉人達の情熱には学ぶべきところが多いです。もし彼らに現在のICT(information communication technology)があったならフル活用していたでしょう。世界中の人々とコンタクトを取り、次々と新しいプロジェクトを立ち上げ、物理的に会えない時にはオンラインで、可能なであればface-to-faceで協働したことでしょう。筆者自身も現在高校生だとしたらそうしたでしょう。高校野球、大学野球、社会人野球、プロ野球のバックネット裏にはMLBのスカウトが来て優秀な選手を物色していると聞きます。おそらく、バックネットならぬネット上で「光る」プロジェクトを見て、向こうの大学や研究機関がリクルートに来る時代がやがて到来するでしょう。私がアメリカの大学人ならそうします。要は、 Study Abroad Online はStudy Onlineということでしょうか。オンラインで学べるのであれば、わざわざ、大学に行かなくても良い訳です。それでも大学に行く価値があるとしたら大学という物理的空間でしかできない何かがあるのかもしれませんが、筆者の言語コミュニケーション論に限って言えば、多言語多文化がリアルに繰り広げられている現場に行った方が良いかもしれません。

(2023年8月11日記)

 

[1] 筆者予測の額です。
[2] 郷土史研究家。後に校長になられましたが、当時郷土研究部の顧問をされていました。
[3] 慶應義塾大学では広報などの正式文書では福沢諭吉先生、教員、学生は男女問わず「〜君」付けで呼びます。慶應義塾大学で学び、教鞭を執ってきた筆者は、慶應義塾への感謝の念を込め、本稿でもその伝統に沿わせていただきます。慶應義塾大学退職後に教鞭をとらせていただいた立命館大学の創始者西園寺公望先生も同じです。
[4] 後から学んだことですが、この自学自習の精神は慶應義塾大学の伝統なのか、イスラム哲学、仏教哲学の世界的権威井筒俊彦(慶應義塾大学言語文化研究所創始者)は一夏で1言語をマスターしたと言われています。
[5] 筆者のプロジェクト発信型英語プログラムのプロジェクト・モジュールではcollaborative learningもpeer learningも学生さんたちプロジェクト活動で自ずと発生しました。学習(learning)というよりは習得(acquisition)の方が的確です。

 

鈴木佑治先生
慶應義塾大学名誉教授
N. Yuji Suzuki, Ph.D.,
Professor Emeritus, Keio University

 


上記は掲載時の情報です。予めご了承ください。最新情報は関連のWebページよりご確認ください。


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