2019年12月に中国武漢で最初の感染が報告された新型Coronavirusは、世界各地に広がり、3ヶ月後の2020年3月にはPandemicに指定されるに至りました。(*1)アメリカの諸大学のキャンパスは学期途中で閉鎖され、授業はin-personからonlineへ切り替えることになりました。1月初旬に新学期を迎えた時点では、3ヶ月後にこのような事態が起きるとは想像していなかったでしょう。
アメリカではK−12(Kindergarten-12th Grade)から大学、大学院におけるonline化は相当進んでいます。学校だけではなく、Khan AcademyやGoogle(Coursera)のような私的、公的の機関も多数のonline coursesを提供しています。(*2)質についてはともかく量的には相当充実しており、インターネットにアクセスさえできれば、世界中でいつでもどこからでもこれらのonline coursesを受ける事ができます。本コラム第65回「日本でいながらにしてオンライン留学ができる時代の到来」、そして、第94回「スマホ、禁止から解禁へ、アメリカの教育現場」でも述べました。(*3)
よって、学期途中で準備に許される時間が限られたとしても、さしたる労苦もなくonlineへ切り替えるであろうと思いきや、さにあらず、2020年3月13日付けのThe New York Timesに掲載された“Everybody Ready for the Big Migration to Online College? Actually No.”には、大部分の大学がかなりの苦戦を強いられていることが記されています。(*4)以下、この記事を要約します。
(1)良質のonline educationがいかに「言うは易し行うは難し」であるか、現下の新型Coronavirus騒動により露呈された。
(2)これほど急いで大学の伝統的授業をインターネットへ移行させることになろうとは誰も想定していなかった。新型Coronavirusがそれを現実のものにした。
(3)学期末を控え、学生は荷物をまとめて帰省し、殆どの大学は残りの授業をonlineで続けることになった。
(4)教員にZoom accountを与えれば、簡単に授業をonlineで続行できるかと思いきや、あまりにも突然のことで、全ての学生がonline courseにアクセスできるとは限らない。
(5)そうすることが可能なのは、HarvardやStanfordやMITなどの学生だけである。ある調査では、約20%の学生がcomputerを所持しない、または、所持してもインターネットにアクセスできない状態であると言う。
(6)大学は、他の業界と同様に、ここ10年以上、緊急時に備えて学内外でonline learningができるようmanagement systemsを導入し準備を進めてきた。結果、今や、online classesに登録する学生の割合は3分の1を占め、内online classesのみで学んでいる学生は13%にもなる。
(7)理想的には、大学に求められるonline educationは、distance(遠隔)、scale(規模)、personalization(学生個人のニーズに応える)の3条件を満たすべきだ。
(8)いずれの条件も数週間で満たすのは難しい。ビデオ・カンファランスなどの遠隔コミュニケーションに欠かせないツールからしても、徐々にではあるが進歩しつつあるものの、途中で映像や音声が乱れるなど完璧なものとは言えない。
(9)実践しながら、上手に操作して効果的に教えるコツを掴むしかない。大学は教員任せ、実施する教員と全くしない教員に2分されて得手不得手の差が顕著である。後者の従来型教員には今まで体験したことがない難題が立ちはだかることになる。
(10)同じことは学生にも言える。実践してみなければ遠隔学習のコツをつかめない。キャンパスで受ける授業にはアカデミック・コミュニティーのリズム・感触があり、それが欠けるバーチャル環境に適応できない学生が出てくる。完全にonline化された授業は成績不振の学生に不利になると思われる。
(11)Online educationに不慣れな教授に対応する一策は、online educationに最も成功している教授による授業を履修して遠隔学習のコツを掴んだ学生の数を増やすことである。
(12)Scale(規模)は、online collegesが最も力を入れている部分であり、そこに全営利があると見込み、早くからonlineに参入してサービスを拡張してきた。
(13)Scale(規模)の拡張には時間と費用が掛かる。一人の教授の講義が何百、何千の学生に届くようにするには、online上に学習プロセスを載せなければならない。最も簡単な方法は講義を録画してonline配信する事であるが、それだけで効果を期待するのは無理である。
(14)コースとプログラムのマップ、学習modules、online exercises、バーチャル・ラボ、評価システムが必須である。
(15)それらの開発にはinstructional designersの専門的ノウハウを要するので費用は高額になる。将来、多くの大学でonline educationから得る収入の70%をその費用に当て、従来型授業をonlineに変えていくことになるであろう。
(16)このように、一朝一夕に大学の授業をonline化するのは不可能であり、新型Coronavirus騒動で荷物をまとめて帰省する学生が、personalizationの条件まで満たせるonline educationを期待するのは無理である。
(17)Online educationの利点は、各学生が学びたい時に学ぶ、即ち、同時、一斉ではなく、まちまちの時間に(asynchronous)学べることである。
(18)子供の面倒や両親などの介護を抱える学生にとって空いた時間に学べるというのもpersonalizationの一例である。
(19)自学自習については、学術調査では否定的な考えを示しているが、バーチャルである無しに限らず多様な知識、才能、コンテクストをもたらす。テクノロジーが可能にする教育の究極の目標は、多様性を肯定的に評価して受け容れ、学習者により良い教育体験をさせる機器を創造することである。言い換えれば、個学習者の知識、才能、ニーズにpersonalizedされた機器を創造することである。
(20)過去十数年研究され、結果、多くの有望な理論とツールが出現したものの、コストと自学自習という点で際立つものはない。
(21)今回のCoronavirus Pandemicにより突如onlineへの移行を余儀なくされた大学にもたらされたものは何か?
(22)辛うじてonline education(distance)に移行できても、コース・マップを作り、全学生に配信できる大規模(scope)なonlineバージョンを準備しなければならないが、その時間とリソースが無い。教員に教授法を学生に学習法を訓練する機会も逸し、学生個人のニーズに対応すること(personalization)など不可能という現実である。
(23)しかし、大学教員と経営者は、学生の健康と教育について並々ならぬ懸念を示しており、来たる週から結集して多くの革新的な解決を模索し、Coronavirus Pandemicに立ち向かうことは確かである。
(24)大学がonline educationに移行すると言うが、誤解も甚だしい。実のところ、従来型教育を遠隔で行おうと企てているだけで、それさえ手に負えない状態であるからだ。
(要約・翻訳・ナンバリング:鈴木佑治)
まとめると、効果的なonline educationは、(7)で掲げられたdistance(遠隔)、scale(規模)、personalization(学生個人のニーズに応える)の3条件を満たしていなければならないが、現段階で準備できるonline educationは、辛うじてdistanceへの対応はできるものの、scaleおよびpersonalizationの達成には程遠いということです。
本コラムでは、本稿の記事と並行して筆者が出会った“Memorable Teachers”を紹介しており、(その2)、(その3)、(その4)では、University of California(UC)とCalifornia State Colleges(CSU)とCalifornia Community Collegesについて触れました。(*5)その繋がりで、ここでは具体例としてこれらCalifornia州の州立大学の状況をチェックしてみようと思います。これらの大学のキャンパスもCoronavirus Pandemicが宣言されるや一斉に封鎖され、学生と教職員は自宅待機(shelter-in)でのonline educationに切り替わりました。周知の通り、California州は世界の最先端のITテクノロジーにおけるメッカとされるシリコンバレーのお膝元であることから、なんら問題なく切り替えられるのではと思うかもしれません。ところが、上記の記事が指摘することがここでも起きているようなのです。2020年3月に出た“California colleges are going online. How ready are they?”にその混乱ぶりが伺えます。以下この記事を要約します。その前に予備知識です。
全米1位の人口約4,000万人のCalifornia州には、University of California(UC)SystemとCalifornia State University(CSU)SystemとCalifornia Community Colleges Systemの3種類の州立機構(Systems)があります。UC Systemは10校、5医学部、160専攻、800学位課程、学生280,380名、教職員227,700名を抱える巨大組織です。CSU Systemは23校、8学外センター、学生481,920名、教職員約52,00名を抱え、これまた巨大組織です。The California Community Colleges Systemは115校、学生数2,100,000名の超巨大組織です。(*6)
(1)Community Collegesでは、コンピュータを所持しない学生やインターネットにアクセスできない年配教員が多数いる。そんな状況下で突如遠隔教育への移行が宣告された。
(2)経営側は低所得学生に対し貸し出し用ラップトップの調達を急いでおり、800台ほど手配できた学校もある。但し、CSU SystemとCommunity Colleges Systemは、コンピュータを所持していない学生数、また、所持しても家にインターネット環境が整っていない学生数を正確に把握していない。テレビ会議システムを扱う業者に依頼し、学生と教員が無料アカウントを取得できるように手配した。
(3)教員が環境を整えられるよう春休みを延長した。その間にonline teachingを熟知している教員らが、不慣れな同僚に向けて、コンピュータとスマートフォンを使いonline teachingを行う方法を解説するビデオを作成した。
(4)とは言え、既に、多くの教員がCanvasやBlackboardなどのcourse-management systemsや、ZoomやRedditなどのplatformを使ったonline coursesを実践しており、CSU Systemの学生の25%、Community Colleges Systemの学生の40%が、少なくとも一つのonline授業を取った経験がある。
(5)UC Davisでは、980人が履修するBiology担当の教員らが講義を録画してonline配信し、更に、online videoconferencing platformのlive chatsや virtual office hoursを通して授業活動を補完した。また、実験を伴うScienceでは、3Dラボ・シミュレーションを可能にするLabsterと称するplatformを使い対応している。CUC Systemの看護学部でも病院研修をヴァーチャル研修に切り替えている。
(6)UC Berkeleyメディア・イノベーション科准教授Greg Niemeyer氏は、online learningに戸惑いを感じている同僚にvideoを作成し配信している。しかしながら、chatで交信できたとしても受講者が3時間も椅子に座ってスクリーンを見続けるのはかなり苦痛であろうとの感想も漏らしている。
(7)UC Berkeleyの受講者の多くが、Zoomでonline授業にアクセスできたとしても、静かに見られる場所を確保できないとの苦情を寄せている。
(8)他方、California Polytech San Luis Obispo(Cal Poly)のJohn Lee氏は、普段からonline systemに慣れている、障害を抱えた学生や教員にとっては、通学などの困難が無いこと、教室で長い間腰痛をこらえる必要も無いことなどから、却って歓迎すべきことかもしれないと述べる。但し、音声認識やtext-to-speechなどをしっかり担保する障害者用のパソコンが必要である。
(9)濃密接触が問題になり、Cal Polyでは9,000名の学生から期末試験(in-person finals)のキャンセルを求める要望書が提出されたが、その後、San Luis Obispo郡でcoronavirus感染者が出て期末試験はキャンセルされた。Respondusなどのアプリケーションを利用して、学生を監視しながらonline examinationを実施できるものの、Laney CollegeのBill Lipowski氏は、積極的に勧められないと述べている。
(10)Coronavirus Pandemic騒動によりonline learningへの転換が加速するのではないかとの懸念が広がりつつある。Khan Academyの創始者Salman Khan氏は、online educationは、大規模で(at a massive scale)行うと効果を発揮すると述べている。
(11)しかし、多くの教員は、大規模なonline educationへの移行はコストをカットして利益を増やすのが目的で、非従来型の学生に門戸を開くというのはまやかしであり、今回のCoronavirus Pandemic非常事態の対策に限るべきだと主張している。
(12)そんな中、迫りつつある期末試験をどうするかという問題に直面しなければならない。上記Niemeyer氏は、online educationは、「問題(a problem)」を待つ「解決(a solution)」であったが、現在、我々は、online educationが完璧な「解決(a solution)」となる「問題(a problem)」に直面していると述べている。
(翻訳・要約・ナンバリング:鈴木佑治)
これら2つの記事から、少なくとも、本稿寄稿時の2020年3月初旬の段階では、アメリカ全土の多くの大学におけるonline educationは、1番目の記事が示唆する3つの指標、distance、scope、personalizationの内、辛うじてdistanceをクリアできるかどうかの状態であると推察できます。両方の記事がonline educationへの準備が整っているであろうと指摘したHarvard University、MIT、Stanford Universityなどでさえ、distanceとscopeに対応できてもpersonalizationに対応できるレベルのonline educationを提供できているかは疑問です。2番目の記事にその事が読み取れます。
上述した通り、California州は、世界最先端のデジタル・テクノロジーのメッカ、シリコンバレーを抱える州です。しかも、この記事が取材したLaney College、The College of San Mateo、UC Berkeleyはその間近にある大学です。記事に引用されているUC Berkeleyは、シリコンバレーのど真ん中にあるStanford Universityとはライバルでもありコンソーシアムを組む間柄の超有名校です。そんなUC Berkeleyでさえ、今回の騒ぎで取り敢えず遠隔で授業が受けられるようにする為の動画を配信しなければならないというのが実態です。California州の公立大学の頂点に立つUC Systemのそのまた頂点のUC Berkeleyをもってしてもそうであるなら、他の州は尚更そうであろうと推察できるからです。
記事全般から汲み取れるセンチメントは、今回のCoronavirus Pandemicでonline educationが一時避難の策として余儀なく導入されたもので、従来の講義型授業の代役にはなり得ないというものです。必然的にonline化される多くの授業は、従来の授業をonlineで流すことにプラスアルファで終わってしまう恐れがあります。“Coronavirus exposes western universities’ reliance on China”と題する記事は、大学がそうした恐れを解消できない場合、財政危機に陥りかねないことを予感させます。金融界の取り付け騒ぎのような事がよぎります。
欧米、オーストラリア、ニュージーランドの大学は、財政上中国人留学生に負うところが多く、今回の騒動で中国からの移動規制により何百万ドルの減収になってしまうかもしれないという事態に直面してしまいました。急遽、中国に残ったままonline educationが受けられるような対策を施しましたが、中国人留学生からすると、年間$40,000もの通常の授業料を払うことに抵抗があるようで、“No one wants to pay A$40,000 a year to end up doing online courses back in China.”と漏らす学生の声が寄せられています。
留学生のみかアメリカ人の学生も同様の疑問を持つでしょう。本コラムでも以前に取り上げましたが、現在のアメリカの大学の授業料は高額で、“Student Loan Debt: 2019 Statistics and Outlook”が指摘する様に、アメリカ人の学生は高額loansを組まなければならず、今や社会問題になっています。授業料の高騰は続き、“How Much Does it Cost to Study in the United States?”によると、州立の平均は$37,430、(*7)私立の平均は$48,510です。それに、room and boardの約$12,000を加えると、年間$50,000から$60,000が必要です。
第65回でも紹介した通り、Harvard、MIT、Stanfordをはじめ、多くの大学がonline coursesやonline programsを提供しています。今回急遽online化される授業がこれらのonline coursesと比較し、同質のものならまだしもそれ以下であった場合、当然、学生や保護者が授業料の減額を求めるでしょう。Online coursesは、通常coursesと比べて費用が安いというのが一般的な感覚ですから。
授業をonlineで配信することなどそれ程難しいことではないと思うかもしれません。今から50年前ですが、筆者がアメリカ留学でお世話になった先生方の授業は、日本の大学での授業と根本的に違っていました。多くの授業は少人数制で、教員と学生が入り混じってディスカッションをするのが当たり前でした。確かに学部低学年の授業の中には大規模授業はありましたが、教授が講義をした後、複数のTAによる授業に分かれてディスカッションが行われるという形式をとっていました。現在も基本的に同じです。
講義を録画してonlineで配信するだけで済むなら簡単です。しかし、アメリカの大学での通常授業はそうではなくinteractiveで、講義を録画配信するだけでは不評を買うだけです。最初の2つの記事はそのことを伝えています。言い換えれば、personalizationの条件を満たさないonline授業は、単なる講義配信と大差ないからです。それでは高い授業料を払ってでも受けたいとは思わないでしょう。3番目の記事の中国人留学生が不満を訴えるのも当然です。
こうしてみるとonline educationに対して絶望的な気分しか湧きませんが、2番目の記事の(12)でUC Berkeley准教授Niemeyer氏が述べていることは、そんな後ろ向きな気分を打ち消し、前向きの姿勢を訴えているようです。
“Online education is a solution waiting for a problem, and now we have a problem for which online education is a perfect solution.”
Online educationは、問題(a problem)に先行して世に出てしまった解決(a solution)で、やっとその問題が到来したと言っています。即ち、問題→解決の逆方向の解決→問題になってしまったのです。Online educationは、世に出たものの、どんな問題のために、言い換えれば、どんな意義・目的での部分が不明なまま宙ぶらりんになっていたが、今回のCoronavirus Pandemicで学校封鎖という問題が生じるや、その完璧な解決策として急浮上したと述べているのでしょう。(*8)
Niemeyer氏のこの言及が想起させるのは、本コラム第128回で取り上げたM. McLuhanの考え方です。McLuhan流に言い換えると、online educationは、mediumとしてのコンピュータ(インターネット)が教育にもたらしたimpact、即ち、messageということになります。McLuhanは、“The message of a medium is another medium”と主張し、あるmediumのmessageは、先行する別のmediumであると述べています。例えば、テレビというmediumのmessageは19世紀末のmovieというmediumに他ならないと言っています。“The medium is the message”という命題をもってMcLuhanが訴えたのは、ずばり、mediumには最初からmessageなど存在せず、それが導入されたことで起きるimpactであり、impactそのものも別のmediumになり変わるということです。コンピュータは一つのimpactとしてonline education、即ち、教育の遠隔化というimpactを生んだことになります。1番目の記事がいう教育の遠隔化(distance)というimpactです。
物事のimpactは、当該の物事に先行して存在するものではなく、字義通り、当該の物事が発生した後で生ずる影響です。筆者が現役時代に教育現場ではコンピュータやインターネットの導入を巡って議論が交わされていましたが、「コンピュータを教育現場に導入する意義は?」と質す声をよく耳にしました。残念ながら、導入してみないとその意義、即ち、impactは分からないのです。言わば、将来起こり得る問題を想像しながらやってみる以外方法はないのです。即ち、online educationを前にして、教育の遠隔化(distance)という条件を満たせるものの、全学生に届ける(scope)という量に関わる条件、しかも、個々の学生のニーズに応える(personalization)という質に関わる条件が大きく立ちはだかるのは至極当たり前のことであって、online educationをそうした問題の解決になるように、言い換えれば、そうしたimpactをもたらすように変えてよいということになります。今回のCoronavirus Pandemicは、教育現場に、もはや、そうせざるを得ない、きっかけとなる問題を後天的に与えたことになります。
今から30年遡る1990年のことです。筆者自身online education待った無しの状況に直面しました。慶應義塾大学経済学部日吉で英語を担当していた筆者は、同年4月に開設した湘南藤沢キャンパス(SFC)に移籍することになったのです。46歳でした。「学生は未来からの留学生、30年後の世界を想像し挑戦しよう」とのモットーの下、教員から学生へ一方向の知識伝授型教育を脱し、学生、教員、コミュニティーが協働する多方向の問題発見・解決型教育へ切り替えようとの号令が掛かりました。キャンパスには30年後はインターネットが主流メディアになるであろうとの予測を立て、インターネット回線が敷かれ、全ての教室、会議室、研究室、メディアセンター、事務室に最新のUNIXコンピュータが設置されました。新しいメディア上で知がどういう編成をしていくか、日本のみならず世界でも珍しい実験であったと思います。
筆者のような文系教員はインターネットが何か分からず、当時売れていたNEC PC-98のパソコン端末機ならまだしも、何故にUNIXマシーンなのか大いに戸惑いつつ、四苦八苦してemailのやり方を覚えることから始めたあの頃が懐かしく思い出されます。(*9)そして2008年3月に定年退職をするまでの18年間、30年後の世界の多くの活動がonline化するであろうと想像しながら、学部から大学院までの担当した英語、言語・コミュニケーション関連科目にonline活動を導入しました。授業活動でonline化できるものとin-personが必要なものを仕分け、その二つが調和された英語プログラムと言語・コミュニケーション・プログラムの開発に挑みました。拙著『英語教育グランドデザイン−慶應義塾大学湘南藤沢キャンパスの挑戦』(慶応義塾大学出版会)と『言語コミュニケーションの諸相』(創英社三省堂)に記してあります。2020年、あれからまさしく30年目になりますが、1990年に入学したSFC一期生から寄せられる感想には重みがあります。
SFC定年後2008年4月から2014年3月までの6年間、招かれた立命館大学びわこ・くさつキャンパス(BKC)に新設された生命科学部と薬学部にて、Project Based-English Program(PEP)(*10)を構築し、プログラム責任者として運営、担当しました。立命館在職中の6年間の奮闘の詳細は、拙著『グローバル社会で生きるための英語授業』(創英社/三省堂書店)に綴りました。その立命館在職中の2011年3月11日に東日本大震災が発生し、東北の被災地で学校が閉鎖され、学びの機会が奪われるのを目の当たりにしました。他人事ではありません。近い将来起こり得る東南海地震はそれをはるかに上回る被害が日本全土を襲います。学校は長期に亘って閉鎖されるでしょう。(*11)学校に行きたくても行けないことを想像すると、幼稚園から大学院までの教育をonline化しておく必要があります。本コラムのタイトルFor Lifelong Englishにはその思いを込めました。
PEPは英語のスキルをinteractiveに学ぶSkill Workshop Moduleと、プロジェクトを通してそのスキルを使うProject Moduleから成ります。Skill Workshop Moduleの大部分はonline化できます。第79回「YouTubeの無料英語レッスンで通学・通勤中に英語力をアップしよう」で述べたように、インターネット上にはSkill Workshopとして活用できる無料サイトがたくさんあります。2015年2月に書いた記事なので、現在は更に充実した多くのサイトがあるでしょう。学習者の創意工夫次第です。立命館大学在職中多くの学生が長時間かけて通学しており、電車やバスの中でできる方法として推奨しました。TOEFL®テストやTOEIC®テストのスコアを上げるのにも相当役立ったと思っています。
一方、Project Moduleは、個々の学生がプロジェクトを通して問題発見・解決を実践する場として、1番目の記事のpersonalizationの要素が強いin-person活動を要します。同時にonline researchとdiscussionも必須です。筆者が1991年SFCで導入したKEIO SFC Summer Program at College of William & Maryでは、春学期にWilliam & MaryとSFCの学生がinternetのビデオ・カンファランスをしながらresearch、discussion、presentationなどの活動を進めました。そして本番の夏にWilliam & Mary大学のキャンパスで3週間一緒になりin-personで活動を続け、秋学期はまたそれぞれのキャンパスでonline researchを行い、ビデオ・カンファランスでfinal presentationsを行い、final papersを提出しました。(*12)
William & Mary大学所長Jim Bill教授、Reves Center副所長Craig Canning教授、TAの院生、RA(Residential Assistant)の学部生の皆さん(*13)とSFCの学生の皆さんの協働が功を奏し、このプログラムは両校で正式科目として認定されました。同じことが幼稚園からK−12までできないか、アメリカ留学にまで広げれば、日米の学生が春学期にonlineで、夏にアメリカか日本の大学でin-personで秋学期にonlineで行うことができます。こうすることにより、distance、scope、personalizationの3つを充足するより良いonline educationの手掛かりをつかめるかもしれません。
Niemeyer氏のいう通り、今回の史上稀に見る大惨禍がきっかけになり、アメリカの大学はこの1、2年で緊急時に備えて相当の準備をするでしょう。おそらくアメリカの格付け会社もonlineにつき、distance、scope、personalizationのような指標、否、それ以上に厳しい指標に基づき評価するでしょう。準備を怠る大学は淘汰されるからです。5月連休明けに新学年度を始めることになっている日本の大学の対策はどうなっているのでしょうか?本稿が出る5月中旬にはこの事態が収束し、通常授業が行われていることを願いますが、最悪の場合を想定し、online educationに切り替える準備もされていると思います。何れにせよ、ここ何十年の間に東南海地震が起きると予想されており、遅かれ早かれ日本独自の効果的online educationの開発が求められています。
(2020年4月7日記)
(*1)WHO(World Health Organization) のサイトには“Coronavirus disease(COVID-19)Pandemic”と記されています。
(*2)“________ online courses”の下線部に、“kindergarten”とか“9th grade”とか“college”などを入れると検索できます。“Harvard University online courses”など個々の大学のonline coursesもチェックしてみてください。Kahn Academy、Coursera
(*3)本コラムでは、他の回でもonlineについて触れています。本稿の後部にある「バックナンバー記事はこちら」でチェックしてください。
(*4)本稿を起こしたのは3月初旬で、その時点の情報に基づいて書きました。
(*5)関心ある読者は、本稿の後部にある「バックナンバー記事はこちら」をクリックし、チェックしてください。
(*6)UC SystemやCal State Systemを統括する長はChancellorと呼びます。それぞれのsystemの大学を統括するのはPresidentです。UC Systemは最も歴史が古く、日本の旧帝国大学のような、CSUは比較的新しく日本ではその他の国立大学のような印象を受けました。アメリカではCalifornia州に限らず他の州でも州立のcommunity collegesがあり、多くは2年制で4年制州立大学に編入する制度が整備され、結構多くの人がUCやCUCに編入します。日本の専門学校のように色々な資格も取れ授業料も格安です。In-state tuitionは約$1,600、out―of―state tuitionは$6,800です。
(*7)州立の留学生は通常out-of-state tuitionを払います。UC Berkeleyでは$43,800(約450万円)です。
(*8)2004年頃San Francisco市の公立小学校を視察した事があります。Bill Clinton大統領政権(1993-2001)で副大統領を務めたAl Gore氏が提唱したInformation Superhighway構想で、IT機器が教育現場でどのように活用されているか見たかったからです。各教室の教員用デスク脇にコンピュータ端末機が設置されていましたが、インターネットを使う意義・目的が分からないというのが理由で放置され、埃をかぶっていました。あれから10数年経ち、あそこで見た小学生の多くは近隣のcommunity colleges、CSU、UCのキャンパスに通っている筈です。時期尚早であったのか、政権交替(George W. Bush政権への)による変化なのか、これらの記事を読みながら色々考えさせられました。
(*9)当時導入されたUNIXコンピュータで英語から日本語に切り替え、それから、emailを開くまでに結構多くのコマンドを要しました。若い学生は容易に覚え、学生に教わる教員の姿は珍しくありませんでした。
(*10)慶應SFCで筆者が構築・実践したプロジェクト発信型英語プログラムの長短を精査し改善したプログラムです。SFCでは実現できなかった学部1、2回生、専門課程、大学院博士課程までの一貫プログラムとして立ち上げました。筆者はプロトタイプを立ち上げた段階で退職し、その後については定かではありませんが、立命館付属の小・中・高の一部の教員とも意見交換ができ、立命館全体の一貫プログラムへの足がかりになれたと思っています。学生、英語教員、外部教育機関、専門課程の教員、事務局職員、コミュニティーが協働してこそ実践できたプログラムです。拙著『グローバル社会を生きるための英語授業』に詳細が書いてあります。
(*11)山形市に自主避難した児童達の為に学童保育の一環としてonline活動を行ないました。
(*12)1991年の第1回目にはWilliam & Mary大学の寮にはinternetの接続ができませんでしたが、2回目が始まる前にSFCの学生有志が事前に赴き、2回目から繋がるように手配しました。定年退職直前に立命館大学では生命科学・薬学部の春休みを利用し、UC Davisのキャンパスで研修プログラムを導入しました。CIEE Japan根本氏に紹介してもらいました。その後については定かではありませんが、今年のような状況下ではもし有効なonline化が図れていたら、全面的な中止にせずonlineでの活動に切り替えていることでしょう。ちなみに、UC Davisはagriculture、biology、life scienceの分野では世界トップ校の一つです。
(*13)Online環境を整えたくれたのは、筆者のProject Englishで英語プログラムonline化プロジェクトをしてくれた高崎航也君らコンピュータ班の学生さん達です。後、筆者の研究室付けSA、TAとして海外研修プログラムのインフラ環境の基盤を作ってくれました。
慶應義塾大学名誉教授
Yuji Suzuki, Ph.D.
Professor Emeritus, Keio University
上記は掲載時の情報です。予めご了承ください。最新情報は関連のWebページよりご確認ください。
英語圏に限らず、世界の大学・大学院、その他機関で活用されています。また日本国内でも大学/大学院入試、単位認定、教員・公務員試験、国際機関の採用、自己研鑽、レベルチェック、生涯学習など活用の場は広がっています。
自宅受験TOEFL® Essentials™テスト
2021年から自宅受験型の新しいテストとしてリリースされました。約90分の試験時間、短い即答式タスクが特徴のアダプティブ方式の導入されています。公式スコアとして留学や就活などにご利用いただけます。
TOEFL ITP®テストプログラムは、学校・企業等でご実施いただける団体向けTOEFL®テストプログラムです。団体の都合に合わせて試験日、会場の設定を行うことができます。全国500以上の団体、約22万人以上の方々にご利用いただいています。
Criterion®(クライテリオン)を授業に導入することで、課題管理、採点、フィードバック、ピア学習を効率的に行うことを可能にします。