第151回 Yankees(ヤンキース)Dodgers(ドジャース)Cardinals(カージナルス)Inflectional Suffix(屈折接尾辞)-sの発音―日英両語の違い

第150回では、大声発話によるCOVID−19感染拡大リスクに関し、phonetics(音声学)とphonology(音韻論)から一考しました。今回も英語の発音、即ち、音声(phones)と音韻(phonology)に関するもので、日頃筆者が興味深く感じている英語のinflectional suffix(屈折接尾辞)-sの日本語のカタカナ表記に焦点を当てました。このinflectional suffix(屈折接尾辞)-sは、phonetics(音声学)とphonology(音韻論)をベースに展開されるmorphology(形態論)に関する事象です。第150回のphonetics(音声学)とphonology(音韻論)を受けての今回のmorphology(形態論)の一事象ということになります。実は、本稿は2020年11月のMLB(Major League Baseball)Postseason直後に執筆したものですが、TOEFL® Web Magazine12月号が休刊の為、2021年4月のMLB開幕に合わせ、第151回として掲載することにしました。また、第150回は大声発話とCOVID-19飛沫感染拡大の観点から必要と思えるphonetics(音声学)、phonology(音韻論)情報を、本稿はMLBチーム名のinflectional suffix(屈折接尾辞)-sの発音の観点から必要と思えるmorphology(形態論)情報を取り上げており、それぞれphonologyとmorphologyを全般的に扱ったものでは無いために密接な繋がりはありませんが、第150回を参照すると読み易いかと存じます。第150回はF. Dinneen先生のDinneen 1967を参照しましたが、今回のmorphology(形態論)については第145回で紹介したRoss Macdonald先生のMorphology and Syntaxの授業ノートを参照しており、用語の使い方が異なる場合もあります。前回に続き、今回も言語学関係の専門用語のみ英語(日本語訳)で表記します。長年MLBファンの筆者は、昨年COVID-19 Pandemicの影響下で行われたMLB 2020のRegular SeasonとPostseasonの熱戦の模様を堪能しました。Regular Seasonは7月から9月まで各チーム60試合、Postseasonは10月、Wild Card Series→Division Series→League Champion Series→World Seriesという順で進み、ほぼ無観客でしたが、どれも白熱した素晴らしい試合でした。ただ、試合を満喫しながらも、職業柄つい、MLBチーム名の最後にある-sの日本語標記に関心が向いてしまいました。NHK BS Channel1 MLB Postseason 2020の試合中継で提示された組み合わせ表には、Postseason参加チーム名が次のように標記されていました。(*1)

 

(NHK BS Channe1 MLB「ポストシーズン組み合わせ」より)

 

American Leagueレイ(Rays)ブルージェイ (Blue Jays)インディアン(Indians)ヤンキー(Yankees)ツイン(Twins)アストロ(Astros)アスレティック(Athletics)ホワイトソック(White Socks)National Leagueドジャー(Dodgers)、ブルワー(Brewers)、パドレ(Padres)、カーディナル(Cardinals)、カブ(Cubs)、マーリン(Marlins)、ブレーブ(Braves)、レッ(Reds

()内の英語表記ですが、正式のMLBチーム名には本拠地都市名が明記され、 例えば、RaysはTampa Bay Raysになります。MLBチーム一覧(*2)に、MLB全チームの英語表記とカタカナ表記があるので参照してください。(*3)

チームは複数のメンバーにより構成されており、これらチーム名の英語表記における語尾の-sは、名詞の複数形を指すinflectional suffix(屈折接尾辞)です。ご存知のように、定冠詞 the(*4)+ 苗字にこのinflectional suffix(屈折接尾辞)-sをつけると家族全体を指します。例えば、 The JohnsonsはJohnson家を指し、“The Johnsons are doing well.”という文では、Jonson家全員が元気でやっているという意味です。これらのチーム名の語尾-sから、baseballがチーム・スポーツであることを物語っています。非公式にはtheが付きませんが、“The Yankees’ Greatest Enemy is Invisible”(*5)の記事に見るように、正式にはtheが付き、家族観が漂います。(*6)よく見ると次のような違いが見られます。Cubsのようにcommon noun(普通名詞)のcub + -s、Yankeesのようにproper noun(固有名詞)のYankee+-s、Athleticsのようにadjective(形容詞)のathletic + -sの3種類があります。最後のケースですが、the + 形容詞(*7)でその形容詞が意味する資質を持つ人を指す名詞句になり、形容詞athletic はphysically strongという意味なのでthe athleticは強い人を指し、それに-sを付けて固有名詞the Athleticsとしたと考えます。同じことがBravesにも当てはまり、the +adjective(形容詞)のbraveに-sを付けたものと考えられます。但し、braveは普通名詞として北米大陸原住民の戦士を指し、それに-sを付けたものとも取れます。このように、名称の種類は異なりますが、チームは複数のメンバーで成るという意味で、名詞の複数形を指示するinflectional suffix(屈折接尾辞)の-sが付いていることには変わりはありません。

ご存知のように、man→menやwoman→women、child→childrenのようなもの、sheep→sheepやcarp→carpのように単複同形のもの、そして、phenomenon→phenomena、datum→data、cactus→cacti、octopus→octopi、thesis→thesesのようなギリシャ・ラテン語からの借入語の一部を除き、common noun(普通名詞)の複数形は、単数形に屈折接辞-sを付けます。少々専門的になりますが、この接辞は、morphology(形態論)で言うmorphemes(形態素)の一種です。詳細は第85回を参照して頂くとし、関連部分のみおさらいします。Morphemes(形態素)とは、それ自体が意味を持つ最小単位形態を指し、先ず、free morphemes(自由形態素)とbound morphemes(束縛形態素)に分類されます。前者はa, boy, take, pretty, suddenly, when, toなど、それ自体で独立語となりうるmorphemes(形態素)で、大部分のmorphemes(形態素)はfree morphemes(自由形態素)です。それに対し、bound morphemes(束縛形態素)は、今回の名詞複数形を示す-s(pens)とか、過去形を示す-ed(stopped)とか、形容詞を名詞形にする機能を持つ-ness(kindness)のように、単独では独立語になれず、free morphemes(自由形態素ここではkind)に付かなければなりません。(*8)この場合のfree morphemes(自由形態素)は、専門的にはroot(語根)と称しますが、ここではstem(語幹)という名称を使います。(*9)英語のbound morphemes(束縛形態素)は、幾つかの例外を除き、affixes(接辞)です。Affixes(接辞)は、stem(語幹)の前か後に付されるかで、prefixes(接頭辞)かsuffixes(接尾辞)に分類されます。例えば、unnecessaryのun-は接頭辞で、kindnessの-ness は接尾辞です。そして、更に、derivational affixes(派生接辞)かinflectional affixes(屈折接辞)に分類されます。前者は、noun(名詞)をadjective(形容詞)やverb(動詞)に、adjective(形容詞)をnoun(名詞)、verb(動詞)、adverb(副詞)に、verb(動詞)をnoun(名詞)やadjective(形容詞)になど、part of speech(品詞)を変更する機能を持つbound morphemes(形態素)で、数は沢山あり、prefixes(接頭辞)とsuffixes(接尾辞)の2種類あります。後者のinflectional affixes(屈折接辞)は、名詞複数形の-sとか、動詞の3人称単数現在形の-s、進行形の-ing、過去形の-ed、形容詞の比較級-er、最上級の-estなど、名詞、動詞、形容詞の屈折(活用)に関するもので、文法上の機能が高く、数は限られ、英語ではみなsuffixes(接尾辞)です。(*10)

今回のMLBチーム名の語尾の-sは、名詞の複数形を示すbound morpheme(束縛形態素)のinflectional suffix(屈折接尾辞)です。Macdonald先生は全てのmorphemes(形態素)を{ }で括って表記し、この接辞を{_Z}と表記しました。(*11)中学校の英語で習ったように、名詞複数形の語尾-s、即ち、{_Z}は、その前の音、言い換えれば、phonemes(音素)によって機械的に/s/、/z/、/ ɨ z/のいずれかで発音されます。(*12)代表的なのは/z/ということで、その大文字Zをとって{_Z}としました。(*13)第150回で述べたように、あるphoneme(音素)には幾つかのallophones(異音)があるように、あるmorpheme(形態素)には幾つかのallomorphs(異形態素)があります。あるmorpheme(形態素)のallomorphs(異形態素)は上述した機械的に異なる発音の仕方を反映し、例えば、名詞の複数(規則)形inflectional suffix(屈折接辞)-sには、/s/、/z/、/ ɨ z/の3つのallomorphs(異形態素)があります。これらに上述の不規則複数形用allomorphs(異形態素)が加わります。(*14)Allomorphs(異形態素)自体は意味の変化をもたらさないので、/ z /の代わりに/ s /と発音しても複数を指す点では意味上なんら影響はありません。要するに、これらのチーム名の最後が/s/と発音されようが、/z/と発音されようが意味上変わりません。日本語では、英語の名詞複数形のinflectional suffix(屈折接尾辞)-sのallophones(異形態素)の/s/と/z/は、カタカナで「ス」と「ズ」と表記し発音しますが、(*15)その際、英語では英語の音韻ルールで自動的に/s//z/// ɨ z/ に分けられますが、日本語では呼応する音韻ルールが無いために、ある意味無秩序に混在することとなったと思われます。英語でもallomorphic(異形態素的)な要素を日本語でこだわる必要がないからでしょう。(*16)

改めてinflectional suffix(屈折接尾辞)-sに関するphonology(音韻論)のルールを更にチェックしてみましょう。このinflectional suffix(屈折接尾辞)-sを付けるstem(語幹)となるfree morpheme(自由形態素)の最後の音が、voiced sound(有声音)か、voiceless sound(無声音)かで決まります。第150回で述べたように、voiced sounds(有声音)ではvocal cords(声帯)が振動し、voiceless sounds(無声音)では振動しません。喉仏に手を当て、/b/を3回発音してみましょう。今度は/p/を3回発音してみましょう。前の音では声帯が響くのを感じるのでvoiced(有声)です。後の音は響かないのでvoiceless(無声)です。英語のvowels(母音)とsemi-vowels(半母音)はみなvoiced sounds(有声)ですが、consonants(子音)はvoiced sounds(有声音)とvoiceless sounds(無声音)に分かれます。

 

 

 

今回はこれらのphonemes(音素)の発音がキーです。TOEFL iBT®テストの準備をしている読者は、今回も次のサイトで練習してみましょう。
The Sounds of English and International Phonetic Alphabet(IPA)
Phonetic Symbols
OED Pronunciation を勧めます。両方とも発音が聞けます。今回はstem(語幹)の最後の音がvoiced(有声)かvoiceless(無声)かが重要なので、喉仏に手を当てながら、以下の単語を発音しながらvoiced/voicelessのチェックをしてください。(*17)

[Voiceless] /p/→chip /f/→if /θ/→tenth /t/→kit /s/→ bus /š/→pressure /č/ porch /k/→risk /h/→hay
[Voiced]/i:/→pea /u:/→shoe /e/→pate /ə/→ but /o/→pinto /æ/→cat / a/→spa /ɔ/→knot /w/→wow /m/→him /y/→yet /b/→knob /v/→olive / ð /→those /d/→pad /z/→buzz /ž/→pleasure /d/→lid /n/→pan /l/→pill /ǰ/→judge /g/→dog /r/→right /ŋ/→sing

各語の最後の音がvoiced(有声音)の場合、-sの発音は/z/で、voiceless(無声音)の場合は/s/です。例えば、pansの-sはvoiced(有声音)/n/の直後にくるので/z/と発音され、chipsの-sは無声音/p/の直後にくるから/s/と発音されます。また、peasの-sは母音/i:/の直後にくるので/z/と発音されます。母音はみなvoiced(有声音)だからです。ここで例外があります。Stem(語幹)の語尾の音がA Comprehensive Grammar of the English Language(以降Quirk, et al 1985)で言うsibilants、すなわち、/s//z// /š/ /ž/ /č//ǰ/のいずれかで終わる場合は、(*18)例えば、bus→buses、buzz→buzzes、bush→bushes、church→churches、judge→judgesのよう-esと表記され、全て/ ɨ z/と発音されます。これら複数形-sの発音に関しては、中学英語で勉強したものばかりです。(*19)しかしながら、頭で分かっていても実際の会話の場では即座に出て来ないものです。筆者も渡米したばかりの時はそうでした。丸暗記して詰め込んでも、それはdeclarative memory(宣言記憶)に蓄えられただけで、体験を通して覚えるprocedural memory(手続き記憶)に蓄積されていないからです。使い慣れなければ出て来ません。(*20)いくつか例をあげてみました。上記のルールに沿って喉仏に手を当てながら、次の名詞の複数形を発音してください。

lips, pits, cups, glasses, dogs, cats, pins, bones, seas, shoes, cafes, pianos, kilos, radios, potatoes, motto(e)s, coaches, automobiles, horses, buildings, napkins, disks, scarfs, eye-lashes, ribs, moms, spas, dads, hills, laps, doors, toes, tongs, windows, boys etc.

続けて、2020 Postseasonを戦ったMLBのチーム名の括弧内の英語表記を、最後のスペル-s注意しながら発音してみましょう。

[American League] Rays, Blue Jays, Indians, Yankees, Twins, Astros, Athletics White Socks
[National League] Dodgers, Brewers, Padres,(*21)Cardinals, Cubs, Marlins, Braves, Reds

AthleticisとWhite Socksのsは無声音の/s/で、その他はみな有声音の/z/になります。ついでに、他のMLBチームや他のスポーツのチーム名もチェックしてみてはいかがでしょう。あくまでも原則です。英語でもそうですから、日本語表記の「ス」と「ズ」にその原則は当てはまる訳がないし、後述するとおり、そうする必要はありません。スポーツチーム名だけではなく、そうした例は他にも幾つかあります。筆者の頭に浮かぶのは、レディー(ladies)(*22)とか2020年COVID−19の研究で脚光を浴びたジョン・ホプキン(Johns Hopkins)です。
Hopkinsという固有名詞は上述したthe Hopkinsで家族を示-sの用法に由来すると解釈するとやはり複数を示すinflectional suffix(屈折接尾辞)の-sと解釈します。(*23)すると、英語読みでは原則/s/ではなく/z/になります。勿論、ladiesの-sも/z/です。上述した通り、みな、原則であって、発音は生き物です。Yankeesですが、母音の後で原則/z/ですが、例えば、kissのスペルssの部分はvowel(母音)/i/の直後であるのにもかかわらずvoiceless(無声)の/s/で、/kiz/ではなく、/kis/と発音されます。恐らく、最初の/k/がvoiceless(無声)でそれにつられてconditioningという現象が起き/i/も無声化され/s/になったのでしょう。同じように、Yankeesでもvoiceless sound(無声音)/k/の直後の長母音/i:/も無声化され、その直後の-sもvoiceless sound (無声音)/s/となり/yænki:s/になることもあり得ます。Dinneen(1967)が述べるように、極端なことを言えば、どの言語でもwhispering(ささやき)では、すべてのvoiced sounds(有声音)がvoiceless(無声)化され、英語でも上記のような環境では母音が容易に無声化されることはありそうです。日本語でも、丁寧な話し方では、喉元を絞り声帯を張り詰めさせるため、voiced sounds(有声音)が無声化されます。銀行の受付になったことを想像し、顧客に「いらっしゃいませ!」(Irasshaimase!)と言ってみてください。恐らく斜体下線部の、本来ならvoiced(有声音)の全てが無声化している筈です。

名詞複数形のinflectional suffix(屈折接尾辞)-sに関連し、名詞所有格形のinflectional suffix(屈折接尾辞)-s、動詞3単現inflectional suffix(屈折接辞)-sにも触れておきたいと思います。動詞3単現inflectional suffix(屈折接尾辞)-s、英語で、“-s for the third person present tense singular”は、周知の通り、主語が3人称単数の場合に動詞の原形に付されて現在形を指します。名詞複数形のinflectional suffix(屈折接尾辞)-sとは、stem(語幹)がnouns(名詞)かverbs(動詞)かの違いだけで、発音上の特徴はほぼ同じです。Stem(語幹)の語尾の音がvoiced sounds(有声音)であれば/z/と発音され、voiceless sounds(無声音)であれば/s/です。但し、/s//z// /š/ /ž/ /č//ǰ/のいずれかで終わる場合は全て/ ɨ z/と発音されます。同じく、これらも-esと表記されます。以上、3単現-sの発音に関するものですが、いずれも中学英語で勉強したものばかりです。しかしながら、これもまた、頭で分かっていながら実際の会話では即座には出て来ないものです。名詞複数形のinflectional suffix(屈折接尾辞)-sと同様に、日本語には3単現-sに当たるものが無く、こうした音韻ルールも無いので、実際の会話では相当意識しないと-sを付け忘れがちで、無意識に発音できるようになるまでには練習を要します。頭で分かっているだけでは一瞬で移り変わる会話のやり取りについていけないのです。(*24)喉仏に手を当て以下の語で練習してみてください。TOEFL iBTテストのspeakingの準備になります。

sips, laughs, sits, passes, brushes, catches, picks, sees, sues, shows, lays, comes, rubs, loves, nods, buzzes, runs, pulls, judges, hugs, purrs, sings

3つ目は、noun(名詞)のpossessive/genitive case(所有格/属格)を指すinflectional suffix(屈折接尾辞)-sです。書き言葉では名詞の後にapostrophe(アポストロフィ)’sを付け、例えば、dog’sのように表記し、複数形-sと区別します。これも中学校英語で習う馴染み深い項目ですが、複数形-sと異なる点があります。以下、Quirk et al.(1985)5.112~5.126を参照しながらまとめてみます。先ず、regular nouns(規則名詞)の単数の場合、stem(語幹)の語尾の音が、cap’s (captain’s)、cat’s、cook’sのようにvoiceless(無声)ならば/s/となり、Lee’s、 pub’s、mom’s、kid’s、dog’s、king’s のようにvoiced(有声)ならば/z/と発音されます。但し、sibilants/s//z// /š/ /ž/ /č//ǰ/の場合、複数形inflectional suffix(屈折接辞)-sと少々違います。もし、stem(語幹)の最後の音が、nice‘s, Ross’s, George’sのように、/z/ではない音の場合は/ ɨ z/と発音されます。

これに関連し、中学校で習ったように、plural inflectional suffix(複数形屈折接尾辞)-sを伴う規則名詞複数形は/s//z// ɨ z/のいずれかの音で終わりますが、cats’、Lees’、churches’のように、possessive/genitive inflectional suffix(所有格/属格の屈折接尾辞)-sは発音されず、書き言葉ではapostrophe(‘ アポストロフィ)のみ表記されます。Quirk et al(1985)では“the zero genitive”(以下zero発音)という名称を使っています。複数形の-sを伴う野球チーム名にこの接辞が付くと、Yankees’ gamesのように表記され、zero発音です。複数形ではなくても/z/の音で終わる固有名詞の場合zero発音です。先ず、古代ギリシャ人物名のSocrates’、Xerxes’、Euripides’がその例です。(*25)そして、Dickens’、Burns’、Jones’などもその例ですが、Quirk et al(1985)によると、並行してDickens’s、 Burns’s、Jones’sもあり、その場合は/dikinziz/のように/ ɨ z/と発音されます。Ross’s(/r ɔs ɨ z/)のようにstem(語幹)が/z/以外のsibilantsで終わる場合も/ɨ z/と発音されます。更に、慣用句の場合、for goodness sake とかfor conscience sakeのようにzero発音があります。そして、irregular plural nouns(不規則複数形名詞)の場合、men’s、women’s、children’sのように、また、集合名詞の場合、people’sのようにstem(語幹)の最後の音がvoiced(有声)なら/z/、voiceless(無声)なら/s/です。

少々本題から外れますが、意味的にはpossessive/genitive suffix(所有格/属格接辞)-sは複雑です。“John’s passport”(=John has a passport)はpossessive(所有を示す)、“John’s speech”(=John speaks)はsubjective(行為者を示す:)、“John’s release”(=release John)はobjective(行為の対象)、“Japan’s sake”(=originated in Japan)はoriginal(根源を示す) 、“cat’s food”(=food for cat)はdescriptive(用途記述的)、“cat’s fur”(=cat fur)はpartitive(部位を示す)、“five days’ ceasefire”(=ceasefire lasting five days)のようなmeasure(測定的)、“John’s honesty”(=John is honest)はattributive(属性を示す)、などの用法があります。また、文法構造上の特徴として、名詞句の場合は区部の一番最後の語に付けられます。例えば、“son-in-law”とか“the cat I found yesterday”などの名詞句では、“son-in-law’s”、“the cat I found yesterday’s”になります。複数形屈折接尾辞-sが、“sons-in-law” 、“the cats I found yesterday”のように、句頭の名詞(head noun)に付蹴られるのとは対照的です。これら2つの接尾辞が名詞句に付く場合は“sons-in-law’s”、“the cats I found yesterday’s”になります。従って、この場合、sons’、cats’と違って、所有格・属格接尾辞-sはzero発音にはなりません。(*26)

このように、3種類のinflectional suffix(屈折接辞)-sがありますが、日本語に入ってきたのは圧倒的に名詞の複数形を表す-sで、名詞の所有格/属格と動詞の3単現を表す-sは少ないか皆無です。動詞の3単現-sは、意味的機能は少なく、文法的機能のみですが、既述した通り、母語話者もformal style書き言葉やスピーチでは厳格に守るものの、informal styleでは抜け落ちることが多く、先細り感が漂い、もはやstyleの問題になりつつあります。概して、inflectional affixes(屈折接辞)は、文法機能性が高く、文法構造に直結するので、他言語から借入するのは難しく、よって、3単現の-sをはじめ、複雑な所有格・属格の-sも複数形-sも日本語には借入されていません。日本語には元々名詞複数形接辞はなく、そこに英語の複数形-sが入る余地はありません。例えば、会話の普通名詞に「リンゴ」とか「ねこ」とか「山田’」が飛び交うことはないでしょう。日本語にあるのは元々の英語の複数形をそのまま借入したものです。冒頭のMLBチーム名も、「レディー」も「メン」もそうです。「レディー」の元の英語は、ladyに名詞の複数形-sをつけてladies、それに 所有格/属格-sをつけたladies’です。「メン」の元の英語は、manの不規則複数形menに所有格/属格-sをつけたmen’sです。意味はfor ladiesとfor menでdescriptive(用途目的)genitiveをそのまま借り入れて、洋品店などの「女性用」「男性(紳士)用」という意味で定着しました。「女性ズ’」とか「男性ズ’」などの表記を見たことがありません。要は、すべて英語の語彙の複数形-sと所有格/属格-sの名詞をそのまま借入したということになります。日本語では「ヤンキー」をstem(語幹)に「ス」/「ズ」をinflectional suffix(屈折接尾辞)という2つのmorphemes(形態素)から成る構造ではなく、「ヤンキース」が一つのmorpheme(形態素)として借入されたものとみます。かつて、adjective(形容詞)に付してmaterial noun(物質名詞)を派生させる+derivational suffix(派生接尾辞)が流行したようで、その名残が、“goods”や“sweets”です。この接尾辞は、現代英語ではあまり頻度がなく、母語話者でさえgoods、sweetsをそれぞれ1つのmorpheme(形態素)として使っていると推測しますが、日本語話者にとっての「グッズ」や「スイーツ」はまさにそうでしょう。

最後に、(*1)でも述べたとおり、これら借入語は、母語の(ここでは日本語)音韻体系に基づくもので、わざわざ、原語(ここでは英語)の発音を意識して発する必要はありません。これら日本語標記を「間違い」と看做すのは早計です。英語ではそう言わないから正すという姿勢は、非科学的な前時代的学校文法(school grammar)の考え方で、prescriptive grammar(規範文法)と言われます。英語圏でも19世紀頃まで、ギリシャ語・ラテン語を神聖視するあまり、英語を無理やり「矯正」しようという動きがありました。“It is me.”の“me”は主格補語であるから“I”であるとか、“John is smarter than me.”の“me”は, “than I am (smart)”の略であり“than I (am).”であるといった姿勢です。それに対し、現代言語学はdescriptive grammar(記述文法)を追求します。母語話者が使用するままの言語を記述して分析します。科学としての言語学は、母語話者の言説を巡り正しいとか間違いという判断をしません。(*27)本稿のテーマについても同じことが言えます。英語の複数形の名詞が、日本語に借り入れられ、日本語の音韻体系にスクリーニングされて発音、表記され定着しているわけです。それぞれの音韻体系を踏まえてその経緯を知ると、日本語と英語のダイナミズム、多様性、創造性を感じることができます。今回のテーマのような疑問から両語の体系の類似する部分、異なる部分を比較整理すると、日本語話者に英語を、英語話者に日本語を教える教材・教授法の開発に役立ちます。

(2020年11月30日記、2021年3月手直し。)

 

 

(*1)いかなる言語でも借入語の発音、表記は、その言語の発音と表記の体系に基づきます。日本語からの英語への借入語、例えば、karateの発音は、Merrium-Websterで聞いて見ると、/kə-ˈrätē/「クウァラティ-」ですね。1968年に“Are you good at karate?”と質問され、筆者は戸惑いました。これらはみな言語構造の違いによるもので、後述しますが、言語学の観点からは、発音、表記を改める必要はありません。
(*2)Selectionより。
(*3)関連して、日本のプロ野球チーム名もチェックしてみてください。[CL]ジャイアン(Giants)、ドラゴン(Dragons)、タイガー(Tigers)、ベイスター(Bay Stars)、カープ(Carp)、スワロー(Swallows)、[PL]ホーク(Hawks)、ライオン(Lions)、マリーン(Marines)、ファイター(Fighters)、ブレ―ブ(Braves)、ゴールデン・イーグル(Golden Eagles)。また、 アメリカン・フットボールは、NFL Japanで、バスケットボールはNBA Japanでそれぞれのチームのカタカナ表記を検索できます。
(*4)定冠詞theは特定の人や物事を指しますが、あるグループを総称して「全部」という意味があります。The Japanese are…とJapanese are…では意味合いが違います
(*5)Streaming News and Insightより。
(*6)MLBのチームは、企業ではなく個人が所有するオーナー中心のクラブ・チームで、家族という意識が強いようです。The Yankeesなどにはそんな意味もあるのでしょうか。日本のプロ野球チームのように、企業、団体が所有するという慣例は無いと聞きました。
(*7)The + 形容詞は〜の性格を持った人になります(the brave =勇気がある人)。また、The pen is mightier than the sword.のように、普通名詞にtheをつけると、「ペンを使うこと=文」、「刀を使うこと=武力」に抽象化されます。ことわざ、モットー、スローガンによく使われます。
(*8)稀にnative(nate- + -ive)のように両morphemes(形態素がbound morphemes(拘束形態素)のケースもあります。
(*9)Macdonald先生は、root(語根)とbase(基体)の2つの用語を使いました。例えば、“teachers”を分析すると、“teach”+derivational suffix(派生接辞)-erで“teacher”になり、それに+inflectional suffix(屈折接辞)-esで“teachers”になります。この過程での“teach”をroot(語根)、“teacher”をbase(基体)と称します。本稿では、語からderivational/inflectional suffix(派生/屈折接辞)を除いたもの(この例では”teacher”)を指すstem(語幹)を採用します。
(*10)いかなる言語でもderivational affixesは造語されたり借入されたりして数が多いです。近世英語では“to a great degree”を意味するprefix “be-“が造語され、“beloved”などがその名残りです。反して、inflectional affixesは各言語の構造上の基幹であり骨格であり、簡素化されても新たに付け加えられることはないでしょう。第85回を参照してください。
(*11)動詞の3単現の-sも{_Z}ですが、名詞複数形を{-Z1}、こちらを{-Z2}と表記して区別します。
(*12)第150回で述べたように、phonemes(音素)は、無数のphones(素音)から主たる特徴を取り出して抽象化したもので、phonemes(音素)は/ /でphones(素音)は[ ]で表記されます。例えば、put、speak、topという3語にある/p/というstops(閉鎖音)は、語の最初か、中間か、最後かで空気のaspiration(気音)が異なる[p]が生じます。第150回を参照してください。
(*13)言語学です、一般的で代表的なものをunmarked、特殊なものをmarkedとします。
(*14)詳細は割愛しますが、/z/と発音されるallomorphの表記はa {-/z/}です。小文字aは{}の左上に表記されます。
(*15)日本語では、例えば、busesの/ ɨ z/に対応する「イズ」は見当たりません。
(*16)これが/bus/と/buz/のようにmorphomic(形態素的)な意味を変えてしまう違いなら、日本語でも「バス」(bus)と「バズ」(as in ‘buzz’ lightyear toys)をはっきり分けて発音、表記するでしょう。
(*17)第150回でも述べたとおり、古くは、英国のReceived Pronunciation(RP)を命名したDaniel Jonesそして、アメリカ英語ではJ. S. Kenyon-T.A. KnottのA Pronunciation of American English.そして、G.L. Trager and H. L. Smith. An Outline of English Structure. Battenberg Press などがあり、それぞれが異なる方言を基に異なる発音記号を使っています。紙媒体の辞書は語の発音方法を発音記号で示しますが、インターネット上の辞書は発音記号を通さなくても直接音声で聞けます。筆者らが若かりし頃は紙媒体中心でしたから、辞書やテキストにより違う発音記号に戸惑ったものです。大学受験では仕方なく丸暗記しました。後にアメリカでphonetics(音声学)とphonology(音韻論)の授業でphonetic symbols(音声発音記号)とphonological symbols(音韻発音記号)の違いがあること、そして、分析者による違いがあることが分かりました。発音記号は複雑で、アメリカ人の同級生も四苦八苦していました。Merrium-Websterなどのサイトでは語句の発音が無料で聞けるので練習する習慣をつけましょう。
(*18)以前紹介のR. Quirk他著A Comprehensive Grammar of the English Language (以降Quirk, et al. 1985)の5.80 “The Pronunciation of the Regular Plural” 参照。本書は大学の図書館にあります。アメリカ留学を目指す読者には学生用簡略版A Student’s Grammar of the English LanguageA Communicative Grammar of Englishなどが良いでしょう。
(*19)他にも、leaf→leaves, knife→knives, wife-wivesなどの例外がありますが、これらは、(wo)man→(wo)menや、sheep→sheep carp→carpと同様に、不規則形として扱われます。
(*20)スポーツと同じです。古希チームで野球を楽しむ筆者は、YouTubeで打撃の打ち方を勉強します。とても良い解説ですが、練習や試合を通して実践しなければ身に付きません。打撃の知識はdeclarative memory(宣言的記憶) で、実践を通して蓄えるのがprocedural memory(手続き記憶)です。言語もスポーツと同じです。英文法で言うと、前者はreflexive grammar(分析的文法知識)で、後者はfunctional grammar(機能的文法知識)です。母語話者が母語習得で身につけるのは後者で、前者は言語分析者が追究するものです。何年勉強しても英語が話せないと言うのは前者の知識に力点を置いた英語教育法に原因があります。TOEFL iBTテストの準備をしている人は、発音、語彙、文法、意味の基礎知識を学びながら、聞き、話し、読み、書きの4技能をバランスよく実践し、習ったことを手続き記憶に残るようにしましょう。
(*21)San Diego Padresは、スペイン語のpadre(神父 Father)の複数形で、スペイン語では-sは発音されないので、発音されないかもしれません。San Diegoは由緒ある古道のMission Street(布教道)にあり、その伝統を重んじて-sを発音しないかもしれません。Merrium-Websterも複数形の発音を明記していません。
(*22)英語では“ladies”のaにstress accentが掛かるので/ ˈlā-dēz/ (Merrium-Webster参照)と発音されます。カタカナ で表記すると「レィディー」ですが、日本語では「レディース」の方が言いやすく、しっくりきます。
(*23)メリー・ポピン(Mary Poppins)はPoppin →the Poppins→ Poppinsという経緯を取ったのでしょうか。この場合は「ス」ではなく「ズ」で、Johns Hopkinsは同じ/n/の後でありながら「ス」、(そう意味ではJohnsも/n/の後で「ズ」)と表記されているのは興味深いです。
(*24)筆者自身、留学2年目に履修した English literatureのmid-term examinationで、何箇所か3単現-sをつけ忘れ、担当の先生に呼び出されたことがあります。 どうやら動詞のsubject- verb agreementという文法用語を知らないようで回りくどい説明が続きます。日本の中学校で習ったと言うのも非礼と思い、“I know what you are talking about. I wasn’t just careful enough.” と言ったところ、大分気分を害されたようで以後筆者を見かけるとあからさまに避けるようになりました。第138回で触れなかったCal State Haywardでの一コマです。筆者に非がありましたが、敬愛する先生方の対応とは正反対で記憶に残っています。母語話者もうっかり見落とすミスで、現在ではWordソフトが指摘してくれます。“He comment on my paper.”と打つと、commentの下に文法ミスを指摘する青色の下線が出て来るので、commentsに訂正すれば消えます。
(*25)Socratesは日本語では「ソクラテス」で最後のスペルsは「ス」ですが、英語では/sɔkrati:z/で/z/です。XerxesとEuripidesのsも/z/と発音されます。いずれも直前にvoiced(有声)のvowel(母音)があるからです。
(*26)Quirk et al(1985)5.116およびMacdonald先生授業での筆者のノートより。
(*27)その代わり、sociolinguistics(社会言語学)などでは、ある言説を巡り、母語話者がどの状況でふさわしい(acceptable)と判断し、どの状況でふさわしくない(not acceptable)と判断するかを調査し、その結果を記述します。
“John is smarter than ____” の後、me/I/のどれが正しいかではなく、それぞれが、どの状況で使われるかを正確に記述します。言語変種に対する話者のattitude(態度/姿勢)に関する調査で、言語のdrift(定向変化)が予測できます。この例では、他の表現“It’s me/I.”“It’him/he.” “It’s her/she.”なども調査し、主格ではなく目的格の方向にdriftしている様子が見て取れるのでそれが主要となるであろうと予想できます。言説の正誤の問題ではありません。

 

 

鈴木佑治先生
慶應義塾大学名誉教授
Yuji Suzuki, Ph.D.
Professor Emeritus, Keio University

 


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