第155回 TOEFL iBT®テストとプロジェクト発信型英語プログラムの発想

 

TOEFL iBT®テストはコミュニケーション・ベースのアカデミック英語の最先端テストです。本コラム第89回で述べたとおり、筆者は1967年に前身のTOEFL®テストを受けました。1ペーパー・テストでlistening、grammar-vocabulary-expression、readingの3部構成でした。まず、listeningで出鼻を挫かれ、grammarは対応するも、vocabularyとexpressionの難問に対応できず、訳読で臨んだreadingでは時間切れ、目標の8割に届くはずもなく惨敗です。

大学受験で参考書2冊を読破し、大学、大学院修士課程では英文科に学び、短編も含め200作品を読んで積み上げたはずの英語力は通じませんでした。訳読型(grammar-translation method)であったからです。現在のTOEFL iBT®テストのようにspeakingとwritingもあったら全く歯が立たなかったでしょう。

アメリカの教育は、K-12、大学、大学院一貫して独創力を重視する発信型です。その下支えとして、日本の国語にあたるEnglishでは、コミュニケーション能力(communicative competence) 、マルチ・リタラシー能力(multiliteracies)、アカデミック英語能力の育成に力を入れています。K-12では基礎的能力を、[1]大学では専門的能力を、[2]大学院では更に上の研究スペシャリストとしての専門的能力を身に付けます。[3]

日本の共通テストに当たるSATとACTのVerbal Sectionは、K-12で培ったアカデミック英語の基礎能力を診断するテストです。その留学生版がTOEFL iBT®テストと言えます。1968 年に渡米し痛感させられたのはアカデミック英語スキルの欠如です。本コラム前身“eLearning in Action”の第17回に綴った通りです。以降、筆者の目標の一つは研究者としてのアカデミック英語を身につけることになりました。本コラムアメリカ留学を振り返ってMemorable Teachers (その1)〜(その10)はその10年間の道程です。Memorable Teachersは、厳しくも懇切丁寧に訓練して下さった恩師の先生方です。以下10回を参照してください。

第133回(その1)第136回(その2)第138回(その3)第139回(その4)第141回(その5)第145回(その6)第147回(その7)第152回(その8)第153回(その9)第154回(その10)

これら先生方以外に、第139回(その4)で述べたように、off-campusコミュニティーで出会った人々も目標達成に一役買ってくれました。K-12や大学教育で培われたからなのか皆発信型でした。仕事の段取り、談笑、噂話、政治談義、時には口論もあり、discussion、debate、negotiation活動満開でした。筆者自身も自ずと発信モードになり、渡米1年後1969年に受験したTOEFL®テストでは90%以上のスコアを取りました。4年後1972年(第141回参照)University of Hawaiiの修士課程出願にはTOEFL®テストスコアの提出は免除され、アメリカ人同様GRE(Graduate Record Examination)スコアを提出しました。[4]

10年後の1978年(第154回参照)GU博士課程博士論文審査合格をもって終えた留学生活を振り返り、コミュニケーションとはプロジェクト活動であると気づきました。プログラムは変われども履修した全授業がproject-based learningであったからでしょう。第98回で触れたアメリカ伝統のpragmatics の影響と考えます。夥しい量の指定readingsを読んで終わりではなく、discussion、mid-term examinations、final examinations、mid-term papers、final papersなどの発信活動が続きます。テーマを考え、リサーチする、まさに、プロジェクト活動です。毎学期複数のプロジェクトを抱えました。

日常生活は様々な課題続き、解決に向けてのやりくりはプロジェクト活動そのものです。プロジェクトはリサーチを伴い、調べ、聞き、話し、読み、書きなどの活動を伴います。留学生活は公、私、大、小、様々なプロジェクトの連続でした。自動車(used cars)、アパート、仕事探しから、友人作り、音楽、スポーツなど趣味に至るまで。第139回でCalifornia 州Haywardでの出来事を綴りましたが、Honoluluでも、また、Washington D.C.でも語り尽くせない多くの出来事を体験し、夥しい数の人々と交流しました。勿論、筆者にとって最大、最重要プロジェクトは英語学でPh.D.を取得することで、紆余曲折10年がかりの大プロジェクトでした。

1978年留学から帰り、慶應義塾大学経済学部の英語専任教員として赴任するや、授業にproject-based learningを取り入れようと考えました。1、2年生必修英語は筆者の学部時代と変わらず、英文和訳による「英文講読」と和文英訳による「英作文」の2本立て、通年、週1回90分の演習授業でした。それで、前者を英文のエッセイを読む→英文で要点を書き意見を述べる、後者を英文エッセイの書き方を学び英文エッセイを書く、といった発信型活動に変えました。量も多く苦情が出るかと思いきや一度もありませんでした。最初の授業でTOEFL®テストを紹介したからです。

当時の慶應義塾大学経済学部の学生は卒業後企業派遣で海外留学をする人が多くいました。それで初回授業では筆者の留学体験を添えてTOEFL®テストについて話すと、食い入るように耳を傾け、授業を休むことなく意欲的に取り組みました。 留学やTOEFL®テストについての相談も頻繁にあり、自由研究や選択英語には、そうした人達が集まり、「アメリカのトップ・ビジネス・スクールでMBAを取るプロジェクト」に取り組みました。国際センター副所長に任ぜられ、日吉キャンパスにある藤原記念会館をTOEFL®テスト受験会場に導入したのもこの時です。正確な人数は覚えていませんが、筆者が推薦状を書いて名だたるビジネス・スクールに合格した卒業生は相当数おりました。

1990年に湘南ふじさわキャンパス(SFC)に創設メンバーとして移籍し、経済学部でのノウハウを活かして「プロジェクト発信型英語プログラムProject-based English Program(PEP)」を立ち上げました。本コラムの前身eLearning in Action次世代メディアとプロジェクト発信型英語教育の第17回を参照してください。そして、2008年立命館大学生命科学部・薬学部・生命科学部・生命科学研究科に移籍し、SFCで積み上げたノウハウを活かし、同プログラムの最新版を導入しました。本コラム第39回第40回、第41回を参照してください。PEPはlifelong English learningモデルとしてK-12でも実施されています。また、第142回第144回では、COVID-19 Pandemicでonline可能な発信型プログラムの実績を紹介しています。

PEPの基盤はコミュニケーションです。その為には確たるコミュニケーション論が必要です。拙著『言語コミュニケーションの諸相:理論的背景から言語教育まで』(鈴木佑治KDP/Amazon)にその試案があります。下図はコミュニケーションを簡単に図式したものです。

筆者にとって、既述した通り、コミュニケーションとはプロジェクト活動であり、PEPのキー・ワードのプロジェクト(project)は、コミュニケーションを言い換えたものになります。英語のprojectは企画を指す名詞ですが、動詞として“to throw something up or forward with great force” (Longman Dictionary of Contemporary English)「何かを上方または前方に投げる」という意味があります。プロジェクター(projector投映機)はここから派生しました。コミュニケーションは、複数の当事者Individual A、B(C、D、、、)が、それぞれ発信者、受信者の役割を演じながら交互にメッセージをこの意味でprojectします。同時に個々の脳内でもメッセージの生成、解釈の過程で同義でprojectされます。コミュニケーションは言わばメッセージの投映(projection)であると思います。これがポイント1です。

コミュニケーションは、また、コミュニケーターの関心事を巡って展開される問題発見解決のプロセスです。これがポイント2です。英語の授業を、この2つの意味でのコミュニケーション実現の場とすることです。

それにはかなりの英語力が必要では?とよく聞かれますが、別稿で紹介しますが稚園児や小学生でもできます。中学校と高等学校6年間も英語を勉強してきた大学生にできないことはありません。先ず、受信型モードで積み上げた英語の知識を発信型モードに変えなければなりません。その為に英語のスキル・アップというかブラッシュ・アップする場としてSkill Workshopを設けました。

言語は下図のように音の小体系(phonology)、語彙の小体系(lexicon)、統語の小体系(syntax)、意味の小体系(semantics)から成る体系です。これを言語能力(linguistic competence)と言います。

 

 

母語話者は、下図のように、聞く(listen)、話す(speak)、読む(read)、書く(write)など、コミュニケーションで言語を使用することにより言語能力を習得します。これを言語使用(linguistic performance)の4スキルと言います。

 

 

重要なことは、言語をコミュニケーションで使用することにより言語能力が身に付くということです。母語習得にも外国語学習にも言えます。筆者が留学前に日本で慣れ親しんだ英語学習はそうではありませんでした。言語能力、特に統語(syntax)の知識を覚えただけで、英語を使った経験は皆無でした。料理のレシピを丸暗記しても料理ができないのと同じです。

そこで、Skill workshopsは、これら4スキルを融合的に使いながら、中学校や高等学校で習った英語の知識を使えるように訓練できるリサイクル工房のような場としました。

それだけではまだコミュニケーション本来の姿ではありません。何の為に言語を使用するのか?人はなぜ聞き、話し、読み、書きするのか?ズバリ、上述した意味でのプロジェクト活動をする為です。何とならそれがコミュニケーションの究極の目的であるからです。プロジェクトは、特定テーマを巡る問題発見解決のプロセスです。第149回で述べたresearch/inquiryを伴います。その過程で上記4つのスキルを駆使し、下図で示すように、presentation、discussion、debate/symposiumなど、もう一段高いprofessional skillsを駆使する発信行為が伴います。4つの skillsを基盤にしたもう一段高いskillsという意味で、research skill も加え、別称supra-linguistic skills。手っ取り早く言えば、academic English skillsということです。要は、listening、speaking、reading、writingの4 skillsの先があるということです。

アメリカの大学は、単に英語competenceやskills ではなく、第105回で述べたresearchマインド、critical thinkingを重視します。SATやACTはもちろんのことTOEFL iBT®テストもそのことを謳っています。下図のように、professional(supra-)skillsと融合した総合的skillsの育成が必要です。

 

PEPは、下図のように、Skill Workshopを1コマ、そしてProjectを1コマ、そして、両モジュールのホームワークであるOnlineモジュールの3部構成です。モジュールという語は、全体を構成する部分という意味で、互いのモジュールは共同します。

Skill Workshopでは英語のcompetenceをlistening、speaking、reading、writing活動を通して磨きます。Projectでは個々の関心事をテーマにプロジェクトを組み、professional skillsを通して敢行し、成果を発表します。Skill Workshopで訓練されているskillsを実際のコミュニケーションで活かす場となります。Online活動ではS F Cでは海外の大学とインターネットで共同リサーチ、共同授業をするなど、1990年当初からグローバルな展開が見られました。

Professional skillsとかresearch mind、critical thinkingとか難しく思われるかもしれませんが、生まれてこの方日常生活でやっていることです。子供にとって遊びは一大プロジェクトです。縄跳びを上手くなるのに子供なりにresearchをします。幼稚園児、小学生、中学生、高校生それぞれがプロジェクトを行うでしょう。ですから、本プログラムは下図のように、幼児から社会人に至るまで実施しました。

 

 

 

コミュニケーションは、上述した意味でプロジェクトを指し、プロジェクト発信型(Project-based)は、当然Projectが中心 (central)モジュールであり、Skill Workshopはそれを支援する(supporting)モジュールです。Projectモジュールは学習者の関心事中心に展開されるので、モチベーションは高く、最初は現有の英語力で始めるのですが、research、discussion、presentation、debateをする内に英語のcompetenceとskillsの欠如を痛感するようになります。関心あることを深めたいとの意欲がその欠如を補おうという意識を高め、意欲的にSkill Workshopに取り組みます。こうしてProjectとSkill Workshopの間に相乗効果が生まれ英語力を向上させます。

 

SFC “Dancing -Art-Communication” Project発表風景、英字新聞特集号   SFC Project 発表風景、教育機関誌特集号より

授業の出席率は毎回100%に近く、半学期生で1年4コマ、2年8コマでacademic research papersを書き、poster presentation、debateなどを通して成果を発表するまでになります。3年生の専門英語では専門分野に関連するprojectを行い、学術学会で発表する受講者もいました。また、受講前後に受けたTOEFL ITP®テスト(SFC)やTOEIC®テスト(立命館生命科学・薬学部)で、格段のスコアの上昇が見られました。SFCについては拙著『英語教育グランドデザイン:慶應義塾大学SFCの実践と展望』(慶應大学出版会)立命館については拙著『グローバル社会を生きるための英語授業』(KDP/Amazon)に詳細を着しました。

 

立命館大学生命科学部・薬学部、最終Poster Presentation、専門課程教員(内容) & 英語教員(英語)審査 2012

科学的research/inquiryは、データを観察(observation)し、仮説(hypothesis/theory)を立て、その実証(verification)を企てます。大切なことは、将来の予測(prediction)も含まれることです。予測できなければ意味が半減します。Projectモジュールで筆者が言ったのは「30年後にどうなっているか予測してください」でした。最近1990〜1992年のSFC生から、「あの時予測した通りになって来ました」と言う趣旨の便りをもらうようになりました。確か、コンピュータ・ショッピングなど遠隔授業に関するプロジェクトを組んでいた人達です。他、電気自動車、電子出版、コンピュータ・ゲームなど、インターネットがあまり知られていなかった当時としては絵空事のように思われたことが今日では日常になっています。

Project授業は、受講者が主役で展開されます。教員はfacilitatorです。授業評価は教員評価以上に受講者の評価なのです。ですから本当の授業評価は30年後にくるものと思っていました。筆者の感想を言うならば、SFC、立命館の授業で出会った全ての受講者が授業で発表したことはとても素晴らしく、多くの予測が実現するとの期待が高まります。(2022年2月24日記)

 

 

[1] English K-12: Education Worldなど参考になるでしょう。
[2] The Harvard College Curriculumなど参考になるでしょう。
[3] Harvard Business School のCOReなど参考になるでしょう。
[4] 当時は留学生はSAT(学部出願者)やGRE(大学院出願者)ではなくTOEFL®テストスコアを求められていましたが、アメリカ留学歴2年以上の場合はTOEFL®テストではなく、GREスコアを要求されたと記憶しています。

 

 

 

鈴木佑治先生
慶應義塾大学名誉教授
Yuji Suzuki, Ph.D.
Professor Emeritus, Keio University

 


上記は掲載時の情報です。予めご了承ください。最新情報は関連のWebページよりご確認ください。


 

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